10
生徒会室で柳くんとお昼を食べて、時間も中途半端だったからボーッと宙を仰いでたら何故か柳くんに笑われた。
『え、わたし何かした…?』
「…いや、可愛くてつい、な」
『……!』
柳くんがおかしい…!前はこんな風に笑ったりしなかったのに、わたしと喋ったりしてると柳くんはよく笑う。今だって、普通にそんな事口にするし…
「俺は本当の事を言っただけだ。確かに悪く言えば阿呆面だったかもしれないが…」
『ひ、酷い!柳くん酷いよそれは!』
「ふ…冗談だ」
じ、冗談て…柳くんも冗談とか言うんだ。ぽかんと見てたら柳くんはこてんと首を傾げた。…か、可愛い。ちょっと悶えた。
「……」
『や、柳くん?』
「…いや、」
笑いを堪えるわたしに柳くんは少し考える素振りを見せて、隣へと腰掛ける。反動で少しだけソファが沈んだ。
『…?』
その行動に疑問符を浮かべていると、ソッと柳くんの手がわたしの頬に触れる。驚いて退こうとしたら、「なまえ」と、小さく名前を呼ばれた。
『………へ?』
え、あれ、今名前呼ばれた…?苗字じゃなくて、名前で…
動かないわたしを見て、柳くんはくすりと笑いながら俺も名前で呼んでくれないか?とそう言った。
『え、ええええ…!』
「…駄目か?」
『……っ、』
しゅん、と目尻を下げた柳くんの表情が捨てられた犬みたいで………断れそうにありません。
『……れ、』
「……」
『れ、れ、れれ、』
「…俺の名前はれじゃないんだがな」
わかってるよ…!うう、と漏らすわたしにはあ、とわざとらしく溜め息を吐いた柳くんはちらりと時計を見ると徐に立ち上がった。
「もうすぐ予鈴が鳴る。そろそろ戻った方がいいな」
『あ…』
「…すまない、少しばかり意地悪したな」
そう言って苦笑する柳くんにきゅうっと胸が締め付けられる。それはどうしてかわからない。…でも、
「行こうか」
『………くん』
「ん?どうかしたか、なまえ…」
『……れん、じ、くん』
「……!」
…やっぱり、そんな顔は見たくない。
ぽそりと呟いた名前は聞き取れるか聞き取れないかの小さいものだった。でも、柳…れんじくんには届いていたみたいで。もう一度蓮二くん、と呼ぶと強い力で腕を引かれた。
『わっ、れ、んじ、く』
「…好きだ」
『!』
「好きだ、なまえ」
絞り出したような声色がじんわりと頭に広がっていく。だけどわたしはその言葉に、わたしも、なんて返事を返す事なんて出来なかった。
『……あり、がとう』
だからわたしは、本当に小さな声でそう呟いた。