…何か、おかしくなか。
小さく呟いたこの言葉は、誰に届く事もなく宙へと消えていった。
「あ、雅治。どこ行ってたの?もう始まっちゃうよ」
髪を後ろで緩く縛ったなまえが俺の元へと走って早口にそう言う。その姿は、上下の黒いスーツに包まれていた。
「ほー…案外似合うもんじゃの」
「そ?ありがと。雅治は…今から着替えだよね」
「そうなんじゃが…やはり着んとあかんのか?」
「当たり前」
笑顔で頷くなまえは見るからに楽しそうだ。…ハァ、しょうがないのう。
「…行って来るナリ」
「大丈夫だって、雅治なら絶対可愛くなるよ!」
「……」
…そう思うなら、代わってくれ。
俺の切実な思いは、どうやらなまえには通じなかったらしい。
「……」
「……」
「……」
「…何とか言ったらどうじゃ」
「…や、意外と可愛くて悶えてた」
「……」
それは褒め言葉として受け取ってええんじゃろうか。複雑過ぎて嬉しくない。
「流石男女逆転喫茶だけあるね」
「…ほんに誰が得をするんじゃ」
今日は海原祭な訳じゃが、うちのクラスは男女逆転喫茶…すなわち、男がメイドに、女が執事になるという奇妙且つ意味のわからん出しもんをしとる。
ちなみに俺はじゃんけんに負けて今め…メイドの格好をしちょるんだが…恥ずかしい。ちなみに丸井は逃げおった。あいつの方が似合うに決まっとる。
「いらっしゃいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」
なまえはなまえで女相手ににこにこ笑っとるし(意外とかっこいいんじゃが)、仕事もてきぱきこなしとる。
はっきり言って…つまらん。
「……」
俺は任されていた受付役を適当な奴に任せて人混みを掻き分けながら、ファンか知らんが写真を撮ってた女共をひと睨みして屋上へと駆け込んだ。
「……こんな格好、ダサすぎるじゃろうに」
壁を背にずるずるとしゃがみこんでくしゃりと髪を掴む。
相変わらず黒と白で出来たメイド服姿じゃけど、何故か憎めん。
「なまえが着たんなら、似合うとったじゃろうな…」
ほんに誰が提案したんだか、逆転喫茶いうもんを。…憎らしくて堪らん。
ふー…と息を吐きながら接客をしていたなまえの姿を思い出せば、自然と笑みが浮かんだ。
「…惚れた弱みぜよ…のう、なまえ?」
入り口の扉に目をやれば、少しの間の後執事姿のなまえが苦笑しつつも扉を開けた。
「いつから気づいてたの?」
「…強いて言えば初めからぜよ。お前さん、わかっとったんじゃろう?俺が此処に行くいう事を」
「……流石」
ぺろりと舌を出して悪戯っぽく笑うと、なまえは同じように隣へと腰掛けた。
「この逆転喫茶、私が提案したの」
「…やはりそうか。で、収穫はあったんか?」
「んー…イーブンてとこかな」
「…ほう?それは何故じゃ?」
「……だって、メイド姿の雅治…可愛かったんだもん」
「…は?」
きょと、とする俺になまえは更に続けおった。
……つまり、こういう事か?
「俺の執事姿を見せとうなかった…と」
「…う、うん。ほんとは最初、普通に執事喫茶やろうってなってたの。でもね、雅治って…すごく人気があるから、やだなあって思って…」
だから、逆転なら大丈夫かなって。
ぽつりとそう呟くなまえの頬は、見るからに赤く色づいている。
…まさか、この学園祭の裏にそんな興味深い話があったとはのう。
「じゃが、思ったよりも俺のメイド姿が似合っとったから、意味がなかったんじゃな」
「う……はい」
…なるほどのう。なんじゃ、悪い気はせん。むしろ…
「…なら、責任は取って貰うとするか」
「…へ?」
「ん?何を素っ頓狂な顔しとる。当たり前じゃろう?お前さんは俺に嫉妬させたんじゃから」
「しっ、と?い、いつ!て言うか嫉妬したの私の方だし…!」
「…ふ、忘れたとは言わせんぞ」
言っておくが、女相手だろうとお前さんが笑顔を向けるのは腹が立つ。なまえが嫉妬したのは儲けもんじゃったが…
…まあいいか。今は誰も居らんし、丁度此処にはメイドと執事が居る。…学園祭も案外楽しめそうじゃしの。
「ま、雅治…?あんた今すごい悪い顔してたよ…」
「んー?いや、少しばかり楽しみでのう」
「何が?」
何がって…お前さんを鳴かせる事に決まっとるだろうに。
執事プレイか…未知の領域に足を踏み入れるのも、悪くはないじゃろうな。…さて、楽しませて貰おうとするか。…のう、なまえ?
逆転メイドなペテン師
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初仁王エセすぎる。。。
2012/03/28
2013/02/07 加筆