『おはようございます、阿近さん』
「……おう」
-Fifth day-
残業のせいで回らない頭を覚まそうと給湯室へ行けば、苗字がどうぞと専用のカップに入ったコーヒーを手渡してきた。
「…ああ、さんきゅ」
珍しいなと思いながら一口啜れば、存外美味い事に驚いた。…俺好みのブラック、知らねぇ筈なんだがな…
にこにこと笑みを作りながら、他の局員にお茶を配るのか沢山のカップに茶葉と湯を注ぐ。
…最近苗字を悪く言う輩は居なくなった。少なからず認めているのか、はたまたどうなのかわからねぇが、談笑している所をよく見る。
鵯州も苗字が配属されると知った時程煩く言わなくなった。
まあ俺としちゃ仕事は早く覚えるし、口は悪いが気が利くから悪い気はしねぇ。
壺府に関しては相当懐いているみてぇだが…たった五日でこうも変わるとはな。…ま、俺も言えた事じゃねぇか。
「何だ阿近、なんかいい事あったのか?」
「…まあな。だが、そろそろそれも無くなっちまう」
「どういう意味だ?そりゃ」
ねぇ首を傾げながらコーヒーを含む鵯州にひらひらと手を振っていつもの実験室へと足を運ぶ。
黒いソファに自然と視線が行き、自嘲気味に笑った。
苗字を組み敷いた時の残像が頭にこびりついて、離れようとしない。
あの時、もし彼奴が俺の言った言葉に…そんな仮定に、答えなんざ出る筈ねぇのに。
「…好きだっつったら、どうすんだろうな」
いや、角生えた化けモンにそう言われても迷惑か。ククッ…違いねぇ。
「……名前、」
目の前に映る彼女の虚像に、俺はソッと口づける。
初めて呼んだ彼女の名は、どうしようもなく…愛おしかった。
2011/11/30
2013/02/23 加筆
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