机に積まれる紙束にふぅと息を吐きながら冷たくなったお茶を啜る。
-First day-
技局に配属されて一日目、私はただひたすら机に向かっているだけ。
チラリと壁に立て掛けられている刀を見て、今頃皆は何をしているのかなと考えていたらカチャリと小さく扉が開いた。
「…わ、ととっ、ふぅ…」
『…大丈夫ですか?壺府さん』
背より高く積まれた紙束の間から見えたおでこから生える前髪にクスリと口角が緩む。
「だっ、大丈夫でうわぁああっ!」
『……あ、』
ベチャッと鈍い音に、パラパラと散る紙の束たち。いたたた…と小さく聞こえる呟きに起き上がった壺府さんの鼻は赤く染まっていてついクスクスと笑ってしまった。
『大丈夫ですか?』
「はい…って、ああ!す、すみません…」
盛大に散らばった紙にしょんぼりと肩を落とす彼に大丈夫ですよと笑って、一枚ずつ集めていく。
「あ、あの…」
『ん?』
もじもじと視線を泳がせる壺府さんが可愛くて、つい笑ってしまいそうになる。
『壺府さん?』
「あ…その、すみません…」
『…ああ、大丈夫ですよ。拾えばなんとか…』
「そ、そうじゃなくて!……この報告書、普通は僕達がやる筈なのに…」
しゅん、と申し訳なさそうに謝る彼にああ…と苦笑した。
『…大丈夫ですよ、こうなる事はわかってましたから』
出来るだけ一線置くようににこりと笑って、不服そうな彼を見送った。
『……はぁ、』
「溜め息吐くと幸せ逃げちまうぞ」
『誰のせいで吐いてると思ってるんですか?』
拾い上げた紙を机に置いて、口元に笑みを浮かべているであろう男を振り返る。
『ノックも無しに部屋に入るなんて、マナーがなってないですね……阿近さん』
「あ?…最初っから気づいてたお前に言われたくねぇな」
『壺府さんが居たから言わなかっただけです』
ふん、と鼻を鳴らしながら目の前の男を睨み付ける。
「…気の強ェ女だな」
『お褒めのお言葉ありがとうございます』
にこりと愛想よく笑ってやって、私は机に向き直った。
『…ああ、この報告書持って行ってくださいね』
ポンポンと隣に積まれている紙束に手を置いてそう言えば、驚いたように目を丸くしている阿近さんが視界に入る。
「…終わったのか?その量…」
『今壺府さんが持って来たのはこれからですけど、さっき頂いたものなら終わらせました。実験内容がわからなかったので、過去資料は参考にさせて貰いましたけど』
「……」
無言になる阿近さんを不思議に思って上を見上げれば、「…やるじゃねぇか」と、小さく笑みを浮かべていた。
『…!』
「口だけだと思ったが、やりゃあ出来るんじゃねーの」
『あ、たりまえです!』
一瞬だけ跳ねた胸に自分でもびっくりして視線を離す。
咄嗟に押さえた胸は、一定の鼓動を刻んでいた。
『…私は、口先だけなのが嫌だから。認められるなら、何だってやりますよ』
「……へェ?」
…更木隊に入隊した時だって、それは同じ。こんな仕事、あの時に比べたらどうって事ない。
「…ま、いいけどよ。悪ィな、お前にわからねぇような報告書頼んじまって」
『え…これ、阿近さんが押しつけたんじゃ?』
「お前な…俺をどんだけ鬼だと思ってんだ?」
俺じゃねぇよ、と溜め息を吐きながら机にもたれて煙草を銜える。
「…簡単に言やあ、お前を良く思ってない奴も居るって事だ。気に入らねぇんだよ、大抵の奴らは楽に此処へ入れた訳じゃねぇからな」
『……』
「ま、お前も本意じゃねぇのはわかってるからな。…すぐ隊に戻してやるよ」
それまで頑張るこったな。
『あ…』
阿近さんはそう言うと、私の頭をくしゃりと撫でて出て行ってしまった。
『……そっ、か』
部屋にはただ、煙草の香りだけが残っていた。
2011/10/26
2013/02/23 加筆
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