Crazy Crazy7. | ナノ
最後の最後で、素直になれない自分に腹が立つ。



-Last day-




一人寂しそうに少ない荷物を纏めて、涙ながらに技局を後にした苗字の顔が頭から離れようとしない。

ほんの数時間前の事が、まるで何年も前の出来事のように心を抉ってやがる。



「チッ…」



既に短くなっていた煙草を放り投げて、仕事に集中しようと報告書を手に取った。
その瞬間眉間に皺が寄ったのがわかる。



「…何で十一番隊の報告書が混ざってやがんだ」



まるで俺の気持ちを知っているかのように置いてあった一枚の紙。
見てみぬフリをしようにもどうやら隊長宛ての重要書類らしい。



「マジかよ…」



ガシガシと頭を掻く俺からは盛大な溜め息が出ていった。



「何でこんな時に限って彼奴らは居ねぇんだ」



ぶつぶつと一人呟きながら隊への道程を歩く。

壺府にでも頼もうかと思ったが、壺府どころか他の局員すら外出していて居なかった。…絶対ェ謀りやがったな。



「……まあいいか」



適当に渡して帰りゃいいだろ。

ふぅ、とひとつ溜め息を溢しながら足を動かす。短いと感じていた道程は、いやに長く感じた。



「…すいません。技局のモンですけど」



隊舎の前でそう声を掛けると、少しの間の後に甲高い女の声が聞こえてきた。

…珍しいな、十一番隊に女が居るたァ。



「更木隊長宛ての報告書が紛れ込んでたみたい……で」

『あっ、わざわざありが……え、』



タタタと駆け寄るように現れたのは、苗字だった。
…オイオイマジかよ。



『……数時間、振りですね』

「…そうだな」

『……』

「……」



いやな沈黙に耐えかねて、持っていた報告書を半ば押しつけるように手渡した。



「…それ、隊長に渡しといてくれ。用はそれだけだから」

『あ…』



何か言いかけようとする苗字に背を向けて歩き出す。

長居しちまったら、その分別れるのが辛くなっちまう。…なんざ、女々しい言い訳か。



『ま、待ってください!』

「…!」



ドンと背中に感じた鈍い感触。
前のめりになった身体に起き上がろうと後ろを見れば、苗字が抱きつくように俺の白衣を掴んでいるのが見えた。



「お前、何して…」

『……っ、阿近さんは、ひどいです』

「…は?」



ひどい?…何言ってやがんだこいつは。酷ェのは、お前の方だろう。



『…何で、阿近さんは平気なんですか』

「は?」

『…優しく、したかと思ったら、突き放すし、私の事は、からかってばっかで…』

「……」

『私、やっと気づいたのに…っ』

「…気づいた?」



ふと告げられた言葉に首を傾げながらも、未だに引っ付く苗字の身体を引き離す。

途端に見えた苗字の潤んだ目に、ドクンと鼓動が高鳴った。



『……きです』

「…あ?」

『…好きなんです、阿近さんが…』

「……!」



…今、なんつった。
好き?…そんな筈ねぇだろ。だってお前は…



「…俺の事なんざ、大嫌いだっただろ」

『そっ、それは最初ですっ。確かにあの時は殴りたくなるぐらい…』

「ほう?」



ピキ、と青筋の立つ額に後退る苗字の腕を引いて壁に押しつける。
目を見開く苗字の表情があの時と重なって、自然と笑みが溢れた。



『な、何で笑って…!』

「ククッ…いや、お前も物好きだと思ってな」

『お前、も?』

「ああ」



俺もお前も、随分物好きだったらしい。

…馬鹿馬鹿しい話だ。我慢して押し留めていた感情が、こんな簡単に解かれるなんざな。

こいつァどうも…負けみたいだ。



「…さて、あの時の続きといこうか?名前チャンよ」

『は、え…あの時って…』

「ガキはまだまだガキってか?」

『ガ……!』



はた、と赤く染まる頬に口づければ、身を捩りながらも待ってくださいと叫ぶ口。



『阿近さんはっ、私の事好きなんですかっ!?』



…何当たり前な事を今更言ってんだか。
ここまで来て鈍感な女は、お前しか居ねぇだろうよ。



「…ああ、教えてやるさ」



細い身体を抱き寄せて、柔らかく熟れた唇に口づける。



「好きだよ」



…初めて会った時から、な。



愚か者たちの恋




どうやら俺は、あの扉を開けた瞬間からこうなる事が決まっていたらしい。



Fin.



2011/12/04
2013/02/23 加筆

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