最後の最後で、素直になれない自分に腹が立つ。
-Last day-
一人寂しそうに少ない荷物を纏めて、涙ながらに技局を後にした苗字の顔が頭から離れようとしない。
ほんの数時間前の事が、まるで何年も前の出来事のように心を抉ってやがる。
「チッ…」
既に短くなっていた煙草を放り投げて、仕事に集中しようと報告書を手に取った。
その瞬間眉間に皺が寄ったのがわかる。
「…何で十一番隊の報告書が混ざってやがんだ」
まるで俺の気持ちを知っているかのように置いてあった一枚の紙。
見てみぬフリをしようにもどうやら隊長宛ての重要書類らしい。
「マジかよ…」
ガシガシと頭を掻く俺からは盛大な溜め息が出ていった。
「何でこんな時に限って彼奴らは居ねぇんだ」
ぶつぶつと一人呟きながら隊への道程を歩く。
壺府にでも頼もうかと思ったが、壺府どころか他の局員すら外出していて居なかった。…絶対ェ謀りやがったな。
「……まあいいか」
適当に渡して帰りゃいいだろ。
ふぅ、とひとつ溜め息を溢しながら足を動かす。短いと感じていた道程は、いやに長く感じた。
「…すいません。技局のモンですけど」
隊舎の前でそう声を掛けると、少しの間の後に甲高い女の声が聞こえてきた。
…珍しいな、十一番隊に女が居るたァ。
「更木隊長宛ての報告書が紛れ込んでたみたい……で」
『あっ、わざわざありが……え、』
タタタと駆け寄るように現れたのは、苗字だった。
…オイオイマジかよ。
『……数時間、振りですね』
「…そうだな」
『……』
「……」
いやな沈黙に耐えかねて、持っていた報告書を半ば押しつけるように手渡した。
「…それ、隊長に渡しといてくれ。用はそれだけだから」
『あ…』
何か言いかけようとする苗字に背を向けて歩き出す。
長居しちまったら、その分別れるのが辛くなっちまう。…なんざ、女々しい言い訳か。
『ま、待ってください!』
「…!」
ドンと背中に感じた鈍い感触。
前のめりになった身体に起き上がろうと後ろを見れば、苗字が抱きつくように俺の白衣を掴んでいるのが見えた。
「お前、何して…」
『……っ、阿近さんは、ひどいです』
「…は?」
ひどい?…何言ってやがんだこいつは。酷ェのは、お前の方だろう。
『…何で、阿近さんは平気なんですか』
「は?」
『…優しく、したかと思ったら、突き放すし、私の事は、からかってばっかで…』
「……」
『私、やっと気づいたのに…っ』
「…気づいた?」
ふと告げられた言葉に首を傾げながらも、未だに引っ付く苗字の身体を引き離す。
途端に見えた苗字の潤んだ目に、ドクンと鼓動が高鳴った。
『……きです』
「…あ?」
『…好きなんです、阿近さんが…』
「……!」
…今、なんつった。
好き?…そんな筈ねぇだろ。だってお前は…
「…俺の事なんざ、大嫌いだっただろ」
『そっ、それは最初ですっ。確かにあの時は殴りたくなるぐらい…』
「ほう?」
ピキ、と青筋の立つ額に後退る苗字の腕を引いて壁に押しつける。
目を見開く苗字の表情があの時と重なって、自然と笑みが溢れた。
『な、何で笑って…!』
「ククッ…いや、お前も物好きだと思ってな」
『お前、も?』
「ああ」
俺もお前も、随分物好きだったらしい。
…馬鹿馬鹿しい話だ。我慢して押し留めていた感情が、こんな簡単に解かれるなんざな。
こいつァどうも…負けみたいだ。
「…さて、あの時の続きといこうか?名前チャンよ」
『は、え…あの時って…』
「ガキはまだまだガキってか?」
『ガ……!』
はた、と赤く染まる頬に口づければ、身を捩りながらも待ってくださいと叫ぶ口。
『阿近さんはっ、私の事好きなんですかっ!?』
…何当たり前な事を今更言ってんだか。
ここまで来て鈍感な女は、お前しか居ねぇだろうよ。
「…ああ、教えてやるさ」
細い身体を抱き寄せて、柔らかく熟れた唇に口づける。
「好きだよ」
…初めて会った時から、な。
愚か者たちの恋矣
どうやら俺は、あの扉を開けた瞬間からこうなる事が決まっていたらしい。
Fin.
2011/12/04
2013/02/23 加筆
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