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▼ Aster / アスター : 私の愛は貴方の愛より深い 1/2 side銀時



「あの、…っ」


俺の言葉を遮ったなまえに、俺は言葉を止めた。ずっと言えなかった気持ちをやっと伝えられた。僅かな開放感すら感じていた俺は、彼女の鼻をすする音で、泣いているのだろうと気付いた。俺はどうしても彼女を泣かせてしまう役回りらしい。


「その相談に乗る代わりに、先に聞いていただきたいことがあるんです」


…聞いてほしいこと?俺は一拍置いて「おー」と短い声を出す。戸からコツンと音が聞こえた。手でも当てているのだろうか。俺は彼女がいるだろう場所をじっと見据えた。


「最近、小説を呼んだんです。その、…恋物語の。…主人公の女性が、恋をするお話なんですけど」


俺はその言葉を聞いて、内心苦笑いをしてしまった。どこまでも素直じゃない俺たちを、新八たちは笑うだろうか。俺は黙って彼女の繋ぐ言葉に耳を傾けていた。ポツリポツリとその“小説”の内容をどこか楽しそうに語る彼女が愛おしくて。すぐ傍にいるのに、触れることのできないこの距離がもどかしくて。俺は何を言うわけでもなく、彼女の声を聞いていた。


「…せっかく、恋ができるかも、なんて思っていたのに。…彼との別れ際、その主人公は彼に抱かれることを望んだんです。なぜ、そんなことをしたのか、わかりません。ただ彼と一緒にいたかった純粋な気持ちからなのか、はたまたそうして彼の心を繋ぎ止めていたかったズルい気持ちからなのか。今となっては、…わかりません」


初めて聞く彼女の心情に、俺も同じように当時の心境を思い浮かべていた。飲み屋の帰り、涙を流しながら「抱いてくれ」と俺の腕に飛び込んできた彼女を。上手く躱すことができていれば、順序を間違わなければ、俺たちはこんなにすれ違うこともなかったかもしんねェ。


「それから、その主人公は何度も彼に抱かれました。本当はこのままじゃダメなんだという気持ちもあったはず。それでもその主人公は、彼の腕の中にいることを選んだ。気持ちを伝えられるほど、自信も勇気もなければ、その腕を離せるほど、強くなんかなくって」


俺だって、同じだった。何度もやめようと思った。何度も気持ちを伝えようと思った。それでも、できなかった。傷つく勇気もない。それなのに簡単に手放せられないほど、もうその時にはなまえという存在が俺の中心にいた。それほど、大切な存在になってた。


「それでも、その主人公は幸せだったんです。自分のものにならなくてもいい、一時だけでも愛してもらえるなら。どんどん素直さからかけ離れて、自分の気持ちを満たすためにズルくいることを選んだんです。でも、そんなの続くわけないですよね。本当は何度も願った。私だけの彼でいてくれたら、私を愛してくれたら。そんな愚かな願いがきっと、彼に伝わってしまったのかもしれません」


なまえの言葉に、思わず奥歯を噛み締めた。そんな気持ちで、俺を見ていてくれたなんて、知らなかった。俺はいつも自分のことばっかで、何も彼女の気持ちを考えていなかった。このまま俺に笑ってくれるなら、俺の腕で鳴いてくれるなら。それでいいと思っちまってた。


「…彼は離れて行きました。主人公は例え酷い言葉を吐かれようと、酷いことをされようと、平気だった。でも、本当は、心の底は、全然平気なんかじゃなかった」


俺だって全然、平気なんかじゃなかったよ。女なんか腐るほどいるなんて思った時もあった。それでも俺は…。


「離れた後も、何度も彼に会いたくて。何度も気持を伝えたくて。そんなことも出来なかった自分が情けなくて。傷つく勇気も、泣きつく勇気も私にはなかった」


なまえじゃなきゃダメだった。何度も会いたいと思った。彼女の全てを感じたいと、心が悲鳴を上げた。くだらねー嫉妬で傷つけたことを、何度も後悔した。本当に言いたかったことは、そんなことじゃなかったんだ。


「彼がいたこの部屋も、冷蔵庫にたくさん溜まってしまった洋菓子も。もしかしたら、また会いにきてくれるかもしれないと…そう、期待して…」


…洋菓子。彼女がある日の別れ際に言った「また甘い物用意しておくんで」という言葉を思い出して、胸がギシリと痛んだ。それから、俺たちに「また」は来なかった。それでも彼女は俺が来るかも知れないと、いつ来てもいいようにと、ずっと用意してくれいた。冷蔵庫いっぱいになった洋菓子の箱を想像して俺は目を伏せた。彼女はとうとう震える声も隠すことなく、ひくっ、と嗚咽を吐いた。何度も鼻をすすり、戸が彼女から感じる振動でカタカタを音を立てて震えた。俺は彼女が手を当てていると思わしき場所に、自身の手を合わせた。届くわけもない温もりを、心が感じ取ったような気がした。



「…花、萎れてなんか、いませんよ。だって、ずっとあなたは優しくしてくれていたから。…あなたの愛をちゃんといただいていたからっ……、だから…っ」


俺はその言葉にハッとした。…ずっと後悔していた。後先考えずに彼女を抱いてしまったこと。取り返しがつかないとわかっていながら、その日々に夢中になってしまったこと。気持ちを伝えられなかったこと。嫉妬に狂い酷い仕打ちをしたこと。それなのに、彼女は俺の愛を感じていたと。そう、泣いてくれている。

いっそ嫌いになれたらなんて思ったこともあった。何もかも壊しちまいてェなんて思ったこともあった。それでも俺は幸せだった。彼女に出会えたこと。彼女の優しい笑顔。鈴のような声。彼女は俺の全てだった。


「…ずっと、会いたかった。銀時さん、…あなたに会いたかった。…開けても、いいですか、銀時さんっ…」


俺はその言葉が耳に届いた瞬間、思い切り戸を引いた。久々に見る彼女は、以前より小さく見えた。一瞬にしてなまえの甘い香りが鼻いっぱいに広がる。俺を見上げるぐしゃぐしゃに濡れた泣き顔を見て、俺は思わず眉を下げて笑った。


「…んなこと泣きながら言われて、断れるわけねェだろーが」


小さくそう言い放つと、彼女は顔を綻ばせ俺の胸に飛び込んできた。彼女の笑顔を見た瞬間、凍っていたような心が瞬く間に溶け出した。




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