beniiro tear | ナノ


▼ Balloon flower / バルーンフラワー (桔梗) : 変わらぬ愛、変わらぬ心 1/3



微かに耳に届く音楽に、私はまどろみからゆっくりと抜け出した。どうやら泣き疲れた私は、不動産屋に電話をかけた後、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。音楽の出処を探り、ようやく見つけた携帯電話を開くと、そこには見慣れた名前。私は小さく咳払いをして、通話ボタンを押した。


「…はい」

『おう。…何だ、寝てたのか?』

「うん、何だか疲れてたみたい。どうかしたの?十四郎」


電話の相手は十四郎だった。というより、私の携帯を鳴らす人など、十四郎か鈴さんくらいしかいないから、電話が鳴ってもさほど驚くことはないのだ。電話越しに聞こえる十四郎の声は、いつもよりも少しだけ不機嫌そうで。また真選組で何かあったのかと私は首を傾げた。


『あ、いや…お前に言っとかなきゃなんねェことがあってな』

「…なぁに?とうとう禁マヨネーズに成功した?」

『禁マヨネーズって何だよ!禁煙みたいに言うな!…あーアレだ、アレだよ』

「…?」


歯切れの悪い十四郎に私はとうとう眉を顰める。何よ、と言いかけたところで、私の耳に信じられない音が飛び込んできた。遠くから聞こえる、スクーターのエンジン音。まだまどろんでいた私の脳内が、見る見る覚醒した。「…ウソ」そう呟いた私に、電話越しにそのエンジン音が届いたのか、十四郎はため息をついた。


『そういうことだ。…悪かったな、余計な真似して』


その音を聞いても、十四郎の言葉を聞いても、私はこの状況を全く理解できなかった。なぜ、どうして、そんな言葉が浮かんでは消える。エンジン音が長屋の下で消えた。それに比例して大きくなる心臓の音。私は浅くなった呼吸を何度も繰り返した。


『…俺はお前にゃ幸せになってほしいんだ。どんなに俺の気に入らねェ相手でもな。お前が笑って過ごせるなら、それで』

「…十四郎」


ようやく絞り出した声は、情けないほど小さく震えていた。フッ、と笑ったように息を吐いた十四郎は『頑張れよ』と付け足して、電話を切った。階段を登る足音が聞こえたと思えば、二、三度控えめに戸を叩く音が部屋に響いた。
…十四郎は一体何を。何故、彼はまた私の元へ?
浮かんだ疑問は解消するはずもない。今すぐ駆け出したい。その顔を見たい。それなのに、私の足は動いてくれない。…あの日向けられた冷たい瞳。またあの瞳を向けられてしまったら、私は、もうきっと立ち直ることができない。それが怖くて、私はその場から動けずにいた。また二、三度戸が叩かれた。


「…なまえちゃん、いねェの」


その声が部屋に響いた時、私の足は突然息を吹き返したように、その場を駆け出した。…ずっと聞きたかった彼の声。優しいあの声を聞いてしまえば、この心に抗うことなんて出来なかった。つくづく私は、バカな女だ。


「はい…今開けます」

「いや、いい、待って、開けないでいい」


玄関まで駆けた私は、戸を引くすんでのところでピタッと手を止めた。言っている意味がよくわからない。そのまま手を下げて、私は戸の前に立ち尽くした。戸からズリズリと布が擦れるような音が聞こえて、彼は戸にもたれているのがわかった。突然の彼の訪問、そして開けるなという言葉。私はどうすればいいかわからずに、立ち尽くしたまま押し黙ってしまった。


「…久しぶりだな」

「え、…はい、そうですね」

「元気にしてた?」


沈黙を破った銀時は、何とも素っ頓狂な質問を向けてきた。偶然街で顔見知りに会ったときのような、何とも中身のない質問。それでも私は彼に会えたこと、その声を向けられていることが嬉しくて、口元が少しだけ緩んだ。


「元気、ではないですけどね」

「…あ、そう。そうなんだ、実は俺もなの」

「元気じゃないんですか?」

「んーちょっと色々あってな、今日は相談乗ってもらいにきたんだよ」


…相談?久しぶりに訪れたかと思いきや、相談とは一体どういう了見なんだろうか。まるで私たちの間にあったことを忘れてしまっているかのような、能天気な言葉に私の心は小さく揺れた。それでも蔑ろにできるほど、私は強い女じゃない。彼の声を聞いていられるなら。同じ空間にいられるならと。


「私でよければ、聞きますよ」


どこまでも強欲で、狡くて醜い自分が嫌になりそうだ。




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