beniiro tear | ナノ


▼ Eryngium / エリンジウム : 秘めた思い 1/2




「あんたは、なまえじゃないか」

「お登勢さん、ここでスナックを営んでいらっしゃったんですね」

「えっ?なまえさんとお登勢さん、知り合いなんですか?」


仕事の帰り道、私を呼び止めたのは新八だった。そうして連れてこられたのが、このスナックお登勢。お登勢さんは鈴さんの昔からの友人らしく、私自身も何度か顔を合わせたことがあった。にも関わらず、まさか万事屋の下でスナックを営んでいたことを、知らなかったなんて。

初めて万事屋に足を運んで以来、一度も会っていなかった新八が、私をわざわざ呼び止めるなんて。まさか彼に何かあったのではと、気が気でいられない。


「…あの、今日はどういったご用事ですか?」


私の言葉にチラリと顔を合わせる二人に、私の不安は益々増していく。三人しかいないこの空間は暫く沈黙に包まれた。それを破ったのはお登勢だった。


「…野暮なことするもんじゃないって言ったんだけどねぇ」

「野暮なこと?」


お登勢はタバコをふかして、新八に視線を送った。カウンターに並ぶ新八の顔を覗き込むと、少し曇った表情で言葉を繋いだ。


「銀さん」

「…えっ?」


新八の口から出てきた名前に、私は目を見開いた。やはり彼の身に何かあったのだろうか。私は焦る気持ちを抑えて、新八の言葉を待った。


「なまえさん、銀さんと何かあったんですか?」

「……えっ?」


新八の言葉に私は聞き返したまま硬直してしまった。なぜ、彼が私にそんな質問を向けるのか。どういった意図があるのか。一瞬にしてそんな疑問が頭を駆け巡った。何も答えない私に、新八は顔を上げて心配そうな、何とも言い難い表情を向けた。


「二人のことだから、僕みたいな子供が口を挟むことじゃないって、わかってるんですけど…銀さんここの所ずっとおかしくて」


新八が何をどこまで知っているのか分かり兼ねた私は、相変わらず新八の言葉に何も返すことができずに、その表情を見つめていた。…万事屋さんが、おかしい、なんて。まだ彼は私に怒っているのだろうか。


「だから、単刀直入に聞きます。なまえさんは、銀さんのこと、どう思ってるんですか?」

「万事屋さんのこと…」


また、蓋をしていた気持ちが顔を出す。この時を待っていたと言わんばかりに、一度顔を出したその気持ちはみるみる私の心を侵食して、溢れ出しそうになる。お登勢と新八が私の顔を覗き込んだところで、私は小さく呟いた。


「私がどうであれ、万事屋さんは私のこと、嫌いになってしまったみたいですから」

「銀さんが、なまえさんを嫌いに?」


こくりと頷くと、二人は合わせたように訝しげな表情を浮かべた。二人の気持ちが読めない私は、抽象的にしか自分の気持ちを表せずにいた。


「私じゃ、万事屋さんの隣には、いられないんです」

「…普通じゃない関係だったからかい?」


全てお見通しといったようなお登勢の言葉に、私の心がドキッと音を立てた。本当に、この人たちはどこまで知っているのだろう。何も言葉を返すことができずに、私は黙って俯いた。例えそれが肯定と取られてしまっても、だ。溢れ出す気持ちを抑えることに意識を向けていたせいで、私の瞳から一筋の涙が溢れた。


「…なまえさん」

「あんた、…銀時のこと」


おかしいな、そんなつもりなかったのに。必死に溢れ出す雫を拭っても、止まってくれそうにない。こんなところで、彼を知ってる二人の前で涙を流すなんて。そんなずるい真似したくないのに。


「そうです…私、万事屋さんのこと…好きなんです。でも彼には、…私は必要じゃないみたいなんです」

「…そんな、」


新八の言葉を遮るように、私は立ち上がった。もしも彼が何かの拍子でここにきてしまったら、こんな姿を見られてしまったら。私の心はとうとう壊れてしまう。


「このことは万事屋さんには言わないでください。…これ以上、彼に嫌われたくないんです。お願いします」


入り口に向かった私は二人に頭を下げた。新八の何か言いたげな表情を、見ないふりをして。


「…また、どこかで会えたらいいですね」

「どこかで…って、え?!まさか、なまえさん」

「…私、週末に引っ越すんです」


もう一度二人に頭を下げて、私はスナックお登勢を後にした。

そう、私はあの長屋を引き払うことにしたのだ。今や彼との思い出で溢れたあの長屋を。…彼との思い出から逃げるために。




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