▼ Poppy / ポピー : 恋の予感 1/1
今思えば一目見たときから、彼女に魅了されていたのかもしれない。
気品があって、淑やかで、甘い香りのする、綺麗な女。
そんな彼女との何でもない、普通の出会い。
それでも俺はきっとずっとこの日を忘れることはないだろう。
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冬もそろそろ終盤に差し掛かっている。春を迎えようと、心地の良い風が吹く昼下がり。
久々に仕事の依頼が入った俺は、作業着姿で工具を手にその花屋にスクーターを走らせていた。…依頼っつってもババアの知り合いの店の屋根を直すだけなんだけどね。それでも仕事に変わりはねェから、面倒くさい気持ちをどうにか抑えて、花屋の入り口に顔を覗かせる。
「どーもォ、万事屋でェーす」
たいして広くない店内は、しんと静まり返っている。あれ?留守?なんて思いきや、バタバタと忙しなく足音が聞こえてきた。驚いたような顔で、俺を見るその女に、俺は内心ため息をついた。
…こりゃまた、キレーな花がいたもんだ。
「あれ、御依頼人…鈴さんはいるか?」
「いえ、店長は生憎お休みをいただいてます。何かご用ですか?」
凛とした佇まいに、端正な顔立ち。それにきて、この綺麗な言葉遣いに透き通るような声。全身が震えるような感覚に陥ったのを隠し、依頼を受けてここへ来たことを簡潔話すと、若干怪しみながらも納得したようだった。
屋根へと登り、瓦を補修する。
…チッ、何で今日に限って、こんな簡単な仕事なんだよ。もう終わっちまった。あーあ、もっと話してェなー。あーあ。
なんて心の中で嘆きながらも、終わっちまったもんはしょーがねェ。地面に降り立つと、その女はわざわざ待っていてくれたようだった。
「ありがとうございました」
「鈴さんにゃ、店で報酬払うって言われてんだけどなァ」
なんて少しも格好のつかない言葉を発してしまった。そんな俺から顔を背けて、彼女はブツブツと「いや、でも」とか「何だかこの人、怪しい」なんて失礼な言葉を呟いている。
「オイ、心の声ダダ漏れだっつーの!怪しくねェよ!あんた、俺のこと知らない?俺は坂田銀時、万事屋銀ちゃんて、ここいらじゃ結構知られてると思ってたけどなァ」
「ごめんなさい。知らないです」
「即答すんな!…まァいいや、報酬はまた別で貰いに来るよ。ところであんた、名前は?」
「…名字なまえ」
「なまえか。んじゃ、何かあったらここ電話しろよ。報酬さえ払えば、何だってやってやっから」
苦し紛れに名刺を手渡すと、彼女は素直にそれを受け取るなり、その名刺を凝視している。オイオイ、どんだけ疑われてんだ、俺ァ。そんなに怪しい者に見えるかァ?
「んじゃ、鈴さんによろしくな」
そう言ってスクーターに跨ぎ彼女に手を振る。それに小さく手を上げて返すのを見届けて、俺はその場を後にした。
…俺の周りにゃまともな女一人いねェから、あーいうまともっぽい女についつい惹かれちまう。可愛かったな、また会えねェかなー。
そんなことを考えながら、万事屋までスクーターを走らせた。
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