beniiro tear | ナノ


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「すげェ大切にしてた花の話なんだけど」

「…花ですか?」

「今、ちょっと笑ったろ」


銀時の口から出た言葉に、私は図らずも笑ってしまった。失礼なこととは重々承知している。だが、まさか相談の内容が花のことだとは思わなかった。あの彼が、花を育てていたなんて意外すぎる。「すみません」と小さく咳払いをして、見えていないことをいいことに、私はまた微笑んだ。


「…すげェ、綺麗な花だったんだ。今まで見たどの花よりも、凛として、いい匂いで、…綺麗だった」

「そうなんですね」

「魅了された。惑わされて、躍らされて。気付いた時にゃおかしくなるんじゃねェかってくらい、その花にハマってた」


銀時がポツリポツリと呟くその言葉を、私は聞き逃さないように必死に耳を傾けた。こんなに愛おしそうに語られる花なんて、どんな花なんだろう。どんな花が彼の心を射止めたのだろうか。


「大切にしてるつもりだった。途中で育て方間違ってることに気付いたんだけどさ、それでも綺麗に咲いてくれるなら、なんだってよかったんだ」


銀時が右往左往、必死に花を愛でてる姿を想像して、私は口元を緩ませた。花と言うのは、どれだけ規則的に水やりをしても、日光を与えても、愛情がなければ綺麗には咲かない。だが、逆も然りだ。どれだけ愛情があったって水を与えすぎてしまったりすれば根が腐ってしまう。簡単に見えて、意外と奥が深いのが花と言うものなのだ。


「でももう、ダメかもしんねェ。ずっと見ないふりしてたんだけどよ。…もう萎れちまったんだ」

「…」

「どうしたら、元通りになんのかなァって」


彼はそう切なそうに呟くと、そのまま黙ってしまった。私はその声色を聞いて、胸の奥がピリッと痛んだ。こんな気持ちで、花を育てる人などそうそういない。それほど大切にしていたんだろう。彼に愛されて、こんな思いをさせるその花が少し、羨ましくなってしまった。


「…くだらねェ気持ちで、傷つけちまった」

「…え?」

「本当はあんなことが言いたかったわけじゃなかったんだ」


突然の銀時の言葉に、私は思わず首を傾げた。先ほどまで彼が語っていたのは、紛れもなく花の話だったはず。でもこの言葉はまるで花に向けられているものとは到底思えない。私は戸を見つめたまま、銀時の言葉の真意を探ろうとした。


「…わかってたんだ、このままじゃダメだって。大切にしたいなら、ちゃんとしなきゃいけねェって。それなのに、俺は結局壊すことしかできなかった」

「あの…」

「ずっと、…お前の笑顔を見てたかったのに」


私がその言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。そして、理解をしても、何も言葉を出すことができなかった。…私の、笑顔?銀時の言葉を脳内で繰り返す。


「本当はずっと言いてェことがあったんだ。そんであの日ここに来たら、お前いねェし、探しに行ったらあのバカと一緒にいるし」

「…」

「柄にもなく嫉妬して、思ってもねェこと言って、…挙げ句の果てに無理やり抱いて」


銀時の一言一言を耳が拾う度、私の瞳から雫がこぼれ落ちた。何も返さない私に気にもとめずに彼は言葉を続けた。


「あんなことしといて、もう二度と会えるなんて思っちゃいなかった。それでもずっと忘れらんなかった。何度も思い出して、後悔した。ずっと綺麗に咲き誇ってた花を、俺がこの手で枯らしちまったことをな」


私はあの日の出来事を思い返していた。十四郎と一緒にいるところに鉢合わせたこと。こんな女知らねェ、なんて冷たいセリフを吐かれたこと。その後無理やり抱かれたこと。最後に言われた捨て台詞。私は全て自分の心で感じたことだけしか見えていなかった。彼の言葉や行動の裏にある気持ちにも気付けずに。絶えずこぼれ落ちる涙を必死に拭った。


「新八から、聞いた。…引っ越すんだってな。だから今日は謝りに来たんだ。あんなことしておいて、俺のツラなんか見たかねェだろーけど。せめて、」

「あの、…っ」


また戸から布が擦れる音が聞こえて、彼が戸から離れたことに気づいた。彼が行ってしまうかもしれない。そう思った私は咄嗟に言葉を遮るようにして声を出した。こんな震えた声じゃ、泣いていることがバレてしまっているかもしれない。それでもいい、それでも私も伝えなきゃいけないことがある。





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