beniiro tear | ナノ


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僕はいてもたってもいられなくなって、スナックお登勢を飛び出して万事屋への階段を駆け上がった。慌ただしく玄関を開け放ち、居間へ飛び込んだ。…が、そこにいたのは神楽ちゃんと定春だけ。銀さんの姿はなかった。


「あれ!?神楽ちゃん、銀さんは?」

「散歩から帰ってきたときからいないアル。またどーせパチンコでも行ってるネ!やっぱりマダオアル!!」

「もう、こんな大事な時に…」

「大事?何かあったアルか?」

「なまえさんがっ…!」


と、僕が声を上げたと同時に、ガラッと玄関の開く音がした。噂をしていると、銀さんが帰ってきたようだ。駆け寄ろうとした僕の足は、居間に入ってきた銀さんの表情を見て竦んでしまった。


「…銀ちゃん、おか…えり?」


神楽ちゃんも声をかけるのを躊躇うほど、禍々しい雰囲気を纏っていた。怒っているような、はたまたとても悲しんでいるような、何とも形容しがたい雰囲気。それに、口元には殴られたような傷跡がある。神楽ちゃんの言葉に「おう」と短い声を出して、デスクの前の椅子に座り込んだ。こちらに背を向けるようにして。


「…銀さん?何かあったんですか?」

「…何もねェよ」


この人は嘘をつくのが下手だ。その態度、その声色。嘘だと言っているようなものだ。脳裏に浮かんだ先ほどのなまえさんの涙。僕は引き下がるわけにはいかなかった。


「銀さん、何で嘘つくんですか?」

「…あァ?」

「なまえさんと、何があったんですか?!」


僕の言葉にクルッと椅子を回し、銀さんはこちらに顔を向けた。その瞳はやはり怒っているような、悲しんでいるような、そんな瞳。負けじと僕も睨み返すと、僕の横にヒュッと何かが飛んできた。理解すると同時に背後で何かが大きな音を立てた。「銀ちゃん!何するアルか!」と神楽ちゃんの言葉で振り返ると、僕に投げつけたものは、ジャンプだったのだと理解した。


「どいつもこいつも、なまえ、なまえってうっせーんだよ!」

「なっ…」

「もうアイツとは関係ねェ。……もう、関係ねェんだよ」

「…銀ちゃん」


「あなたって人は、そんなにカッコ悪い男だったんですね」


僕はいい加減我慢ができなかった。立ち上がって銀さんの元へ詰め寄り、襟元を掴んで睨めつけた。銀さんは一緒驚いたような表情を浮かべたが、すぐに眉を顰めて僕を睨み返す。それでも臆するつもりはなかった。なまえさんの涙に、悲しそうな表情。あんな壊れそうな心で、銀さんを想っているのに。なぜ、この人はいつもこうなんだ。


「僕の知ってる銀さんは、だらしないし家賃も給料も払わない甲斐性なしのぐーたらなマダオですけど…、それでも。キメる時はちゃんとキメる、人を傷つけるような男なんかじゃなかった!」

「…」

「新八…」

「それなのに、今のあなたは何ですか!自分のやるべきこともやらないで、できることから逃げて、そんな銀さん、見たくなかったですよ!!」


声を荒げる僕に気圧される気配のない銀さんは、立ち上がって僕の手を払いのけた。なまえさんのことだって心配だ。でも、それ以上に銀さんがどんどんボロ雑巾のようになっていく姿に、僕は耐えられなかった。何があっても動じない、どんな敵でも立ち向かう銀さんが、これ以上悲しい思いなんてしてほしくない。


「なまえさんは、銀さんのこと…」


「それ以上言うんじゃねェ!!!!」


ずっと黙っていた銀さんは、僕の言葉を遮るように怒鳴りつけた。思わず肩がビクッと揺れてしまった。神楽ちゃんも驚いたように目を見開いて、銀さんを見つめた。


「…どいつもこいつもうるせーよ。そんなこたァ、テメェらの口から聞きたかねーんだよ…」

「どいつも、こいつも…?」


僕以外になまえさんの気持ちを知っている人が?お登勢さんがそんなこと言うはずもないだろうし…誰のことだろう?そんな些細な疑問が浮かんだが、僕の横を通り過ぎようとする銀さんに気付いて、僕は思わずその腕を掴んだ。


「僕は!…僕は、銀さんに幸せになって欲しいんですよ…」

「私も、新八と同じ気持ちネ。また前みたいに変なことばっか言って、おちゃらけた銀ちゃんが見たいアル。…そこになまえもいたらいいなって、思うアル…」


その言葉には返事をせずに、また玄関に向かう銀さんを僕と神楽ちゃんは追いかけた。靴を履いた銀さんは、振り返ると困ったように眉を下げて笑った。


「…新八、怒鳴って悪かった」


それだけいうと、また銀さんは万事屋を出て行った。無力な自分にほとほと嫌気がさす。はぁ、とため息をつくと、ポンポンと神楽ちゃんに肩を叩かれた。


「新八、珍しくカッコよかったヨ。銀ちゃんはあれくらい言わなきゃわからないアル」


そう励ましてくれる神楽ちゃんに、僕の心はいくらか救われた気がした。





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