beniiro tear | ナノ


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「本人に聞いてみりゃいいじゃないか」なんてお登勢さんは無責任なことを言い出した。そして少し考えた僕は、あることを思いついたのだ。


「…確か、ここだな」


フラワーショップ鈴という花屋まで足を運んだ僕は、運悪くなまえさんが上がって帰宅してしまったことを聞かされた。とても感じのいい初老のおば様は、まだ上がったばかりだからとなまえさんの家の方面を指差してくれたもんだから、僕は全力でその道を走った。

…あんな銀さん、いつまでも見ていられない。せめて、なまえさんの口からでもいい。何があったか聞きたい。だって僕でさえ、お似合いな二人だなぁ、なんて思ってしまっていたんだから。それはきっと神楽ちゃんも。二人が幸せになるんだろうと、楽しみにしていたのだから。

前方に一人歩く、着物姿の女性。こんなに遠くから見ても、それがなまえさんだとわかってしまうのは、彼女から漂う気品のせいなのか。僕は形振り構わずに大きな声を上げた。


「…ッなまえさん!!なまえさーん!…ハァ、ハァ…なまえさーーーーーん!!!!」


最後に大きくなまえさんの名を叫ぶと、振り返った彼女の顔は、どこか切なげな表情を浮かべていた。が、すぐに僕を認識すると驚いたような表情に変わった。


「あ、あなたは…!」

「ハァ、ハァ…僕、銀さんところの…」

「ええ、新八君でしょう?どうしたの、そんなに慌てて」

「なまえさん、ちょっと僕と一緒に来てください!」


我ながら無茶苦茶なことをしていると思った。初めて会ったのは、まだ春になる前の少し肌寒い頃。それ以来一度も顔を合わすことのなかった僕が、突然帰宅中に声をかけて、その腕を掴んで走っているのだから。そんな僕の行動に驚いてはいるが、文句一つ言うこともなく、僕についてきてくれた。


お登勢さんのところに着くなり、互いの顔を合わせると驚いたように声を上げている。この町も狭いなぁ。まさかこの二人が繋がっていたなんて、銀さんが知ったら驚くだろうな。なんて、思ったことはさて置き、なまえさんに何の用かと質問されたところで僕は押し黙ってしまった。お登勢さんの言葉で沈黙が破れ、僕は意を決して本題に突入した。


「銀さん」

「…えっ?」


あの人の名前を出すと、なまえさんは目を見開いて、あからさまに動揺しているようだった。どう聞いてもきっとうまく伝わらないだろう。それなら直球で聞くしかない。


「…なまえさん、銀さんと何かあったんですか?」


なまえさんはもう一度「えっ?」と僕の言葉を聞き返した。何か考えているように目がキョロキョロと行ったり来たりを繰り返す。僕は思わず前のめりになって、なまえさんの顔を覗き込んだ。


「二人のことだから、僕みたいな子供が口を挟むことじゃないって、わかってるんですけど…銀さんここの所ずっとおかしくて」


ここに来る前にお登勢さんにも言われたこと。「大人の男女の恋沙汰に他人が首を突っ込むなんて、野暮なことするもんじゃないよ」と。それでも、僕はなまえさんをここに連れてきてしまった。確かに二人の気持ちを無視した行動だと、自分でも思う。でも、…それでも、何か二人のためにできることがあれば、その手助けができるなら、と。その一心でこんな行動をとってしまった。一つ息を吐いて、もう一つ直球を投げた。


「だから、単刀直入に聞きます。なまえさんは、銀さんのこと、どう思ってるんですか?」

「万事屋さんのこと…」


なまえさんはそこまでいうと、押し黙ってしまった。目を伏せたまま口を閉ざすなまえさんを覗き込むとわなわなと口を開いて小さく呟いた。


「私がどうであれ、万事屋さんは私のこと、嫌いになってしまったみたいですから」


僕はその言葉を聞いて、ハテナマークが頭の中に浮かんだ。「銀さんが、なまえさんを嫌いに?」思ったことがそのまま口をついて飛び出した。なまえさんは小さく頷くと僕は思わずお登勢さんと目を合わせた。…なまえさん、何を言ってるんですか。銀さんはあんなにあなたのことを。


「私じゃ、万事屋さんの隣には、いられないんです」

「…普通じゃない関係だったからかい?」


突然のお登勢さんの言葉に、思わず眉を顰めた僕は首を傾げた。…普通じゃない?やっぱりお登勢さんは銀さんから何か相談を受けていたんだ。なまえさんはお登勢さんの言葉には何も返さずに、黙って俯いた。その横顔を伝う涙を見て、僕は確信した。


「…なまえさん」

「あんた、まさか…銀時のこと」


なまえさんはその言葉を皮切りに、ポロポロと大粒の涙を流した。何度もその涙を拭っては、新しい雫が伝った。その様子を見て、僕はとてつもなく心臓が苦しくなった。


「そうです…私、万事屋さんのこと…好きなんです。でも、彼には、…私は必要じゃないみたいなんです」

「…そんな」

「このことは万事屋さんには言わないでください。…これ以上、彼に嫌われたくないんです。お願いします」


なまえさんは僕の言葉を遮るように立ち上がり、僕たちに痛々しい笑顔を向けてきた。何でお互いが好き合ってるのに、上手くいかないんだろう。大人っていうのは、そんなに複雑なものなのだろうか。どうして、銀さんはあんなにも傷ついて、どうして、なまえさんはあの人を思って泣くのだろう。どうして、すれ違っているのだろう。


「…また、どこかで会えたらいいですね」


入り口に向かったなまえさんから、信じられない言葉が聞こえてきた。


「どこかで…って、え?!まさか、なまえさん」


「…私、週末に、引っ越すんです」


頭を下げて、スナックお登勢を後にしたなまえさんの背中が見えなくなっても、僕はその引き戸から目を離せなかった。


「…なまえさんが、引っ越し…」

「…ったく、バカな二人だね。互いの気持ちも知らないでさ」


お登勢さんの呆れたような声が聞こえた気がしたが、僕は呆然としたままそこから動けなかった。





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