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普段より滑りの悪いそこは、痛いくらいにキツくて、思わず息を飲む。悲鳴に似た声を上げて、俺の背中に爪を立てたなまえを見下ろした。まるで心臓に爪を立てられたかのように、俺の心は鈍く軋んで思わず眉を顰めた。
「やめ、…っ銀時さ、あっ…!」
乱暴に腰を打ち付けるたびに、髪を振り乱し涙を溢すなまえに、奥歯を噛み締めた。…何でこんなことをしているんだ。何で彼女を泣かせているんだ。何で、…こんな気持ちになるんだ。
彼女の笑う顔が好きで。鈴の音のような声が好きで。細く柔らかい髪が好きで。甘い花のような香りが好きで。嬌声を上げて俺を求める彼女が好きで。快感に溺れるように身を委ねる彼女が好きで。例え身体を重ねるだけの、関係だったとしても。夜明けまでの仮初めの恋人だったとしても。…ずっと、大切にしていたはずだったのに。
「嫌、あぁッ!こんなの、いやぁ…っ」
彼女の叫び声に、俺はハッと我に返った。顔を両手で覆い、わぁっと泣き出すなまえを見たとき、俺の心は音を立ててボロボロに砕け散った。
例えば俺がこんな気持ちになっていなければ、きっと彼女を傷つけずに済んだんだろう。俺の独りよがりな気持ちのせいで、彼女は今、声を上げて泣いているんだろう。…俺がいなければ。
「チッ」
小さく舌打ちをして、繋がったそこから自身を引き抜いた。ハラハラと絶えず涙を流すなまえは、濡れた瞳で俺を見上げた。立ち上がり着流しを整えた俺は、静かになまえを見下ろして、小さく呟いた。
「萎えた」
「…えっ?」
「もう今日で終わりにするわ」
上体を起こして目を見開いて驚いた顔を向けるなまえから、黙って目を逸らして玄関へ向かった。
「…もう、飽きた」
そんな俺に彼女は何を言うわけでもなく、黙って俺を見送った。引き止められることもなく、振り返ることもなく。じゃあな、と一言投げ捨てて音を立てて戸を閉めた。
そのままずるずるとその場にしゃがみ込んだ俺の心は、先ほど壊れてしまったはずなのに、また全身に息苦しさと虚しさを広げた。
…何が萎えた、だ。
自嘲するようにふっと息を吐いた。やはり俺はただのピエロだった。眉を顰めて、思い切り目を瞑った。
…何が飽きた、だ。
歯を食いしばって、眉に力を入れていなければ、瞳から何かこぼれ落ちてしまいそうになる。彼女の悲痛な叫び声と、泣き顔が頭から離れない。
…ただ、逃げただけだ。
気持ちを伝える勇気も、彼女を咎める資格も、彼女を繋ぎ止めておく言葉も。…俺には、なかったんだから。
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