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…何と伝えればいいか。
何度もシミュレーションをしたはずなのに、自信のなさが顔を出して、また繰り返し同じ事を考えた。
ストレートに「好きだ」?「俺のモノになれ」?
ちょっと捻って「うち、住まない?」とか?
「お前、俺のこと好きなんだろ」?
否、何度考えても、どう伝えても、俺の気持ちを露見することに変わりはない。いい加減に、しっかりしろ、俺!
ふと歩く足を止め辺りを見回すと、気づいたことがある。さほどなまえの家から離れていないこの通り。いつもと通る道とは違うはずなのに、どこか見覚えのある道に、思い出そうと頭を巡らせた。
…この先には土手があるな、何で知ってんだ?ん?いや待てよ。確かこの道、真選組の屯所への……
「…!」
もやもやが解消されて脳内がスッキリしたと同時に、俺の目には信じがたい光景が飛び込んできた。
前から、僅かに話し声がする。それも、二人。二人の男女だ。暗闇から現れたその人物を理解した瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れるような、そんな気がした。
「おーおー、こんな夜更けにデートですか?見せつけてくれるじゃねーか、マヨラー君」
気付けばそんな言葉を口にしていた。目の前から歩いてきたのは、探していた愛しい女。なまえは俺の声を聞くなり、目を見開いて立ち止まった。
「…チッ、んなとこで何してやがる、天パヤロー」
その横には土方の姿があった。普通の友人関係とは思えないほど近い距離で、並んで立ち止まる二人に、俺の心はギシギシと音を立てる。
…こんな時間に、何で、こいつといるんだよ。
「お前もそういう女いたんだなァ。鬼の副長ともあろう男が、女にデレデレしちまってよォ」
「あァ!?俺のどこがデレデレしてんだよ!?テメェ目おかしーんじゃねェの?!糖尿病の合併症で目ェ見えなくなってんじゃねェのォ?!!」
そんなことが言いたいわけじゃない。それなのに、意思に反して土方相手にムキになっている自分がバカらしい。ただ、聞けばいいだけじゃねェか。どういった関係で?と普段通りおちゃらけて聞けばいいだけじゃねェか。そんな気持ちも、彼女の言葉に無残にも打ちのめされた。
「ちょ、十四郎、」
思わず耳を疑った。
…十四郎?何でこいつのことはそう呼んでるんだよ。そして、いつも俺を呼ぶ彼女の声が不意に聞こえた気がした。
『万事屋さん』
…何だ。名前、呼べるんじゃねェか。
……俺以外の男になら。
「つーかテメェこいつのこと知ってんじゃねェのかよ」
…知ってるよ。誰よりも、知った気でいたよ。俺と同じ気持ちなんじゃねェか、なんて浮かれてたよ。
「前にこいつが、」
「…知らねェよ、こんな女」
…俺はお前のこと、何も知らなかったよ。
気付けばそんな言葉を吐いていた。なまえは大きな目を更に見開いて俺を見据えた。彼女が何を思ったのかも、感じたのかも、表情だけじゃ何にもわからねェ。わかるわけもねェ。…俺たちは互いの身体くれーしか、知ってることはねェんだから。
「私も、人違いをしていたみたい。…だって、初めてお目見えする方ですもの」
そう彼女はぎこちない笑みを向けてきた。何故、俺の言葉に乗っかってきたのか、容易に想像ができた。きっとこいつらは男女関係にあるんだろう。このマヨバカに変な誤解をさせまいと、きっと彼女も俺を知らない体でいこうとしているんだろう。
「十四郎、もうお家そこだからここでいいわ。送ってくれてありがとうね」
そう言って会釈をしたなまえは、足早に俺の横を駆けていった。土方が彼女を呼び止めるも、彼女の足は止まりはしなかった。呆然とその場に立ち尽くしていた俺の耳に、土方の声が届いた。
「なんだァ?あいつ。つーか万事屋、テメェこんなとこで何してやがる」
「…探し物」
「あァ?」
「探し物してたんだけどよ、……失くしちまったみてーだわ」
そう言って背を向けた俺に、どいつもこいつも何なんだ、と訝しげな声を上げる土方から逃げるように来た道を戻った。
Cyclamen / シクラメン : 嫉妬
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