beniiro tear | ナノ


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「へぇ、やっとかい。随分時間かかったねぇ」


週末ともあれば、こんな時間でも賑わう大衆居酒屋。顔馴染みの店主のオヤジさんは、以前酔いに任せてペラペラ喋っちまった俺の恋バナに、ぐいぐいと食いついてくる。


「オヤジさん、俺は慎重なの。緻密に計算していくタイプなの。堅実な男なのォ」

「ハッハッハ、そうとも言うだろうなァ」


カウンターで日本酒を呷る俺に、豪快に笑ってみせるオヤジさんは、ひそかに俺の恋を応援してくれている。正直、悪い気持ちはしない。前々から早く行動に移せと叱咤を入れてくれていたのだ。それがやっと今日叶いそうなもんだから、いつにも増してオヤジさんは嬉しそうにしている。


「難攻不落ってカンジなんだけど、玉砕したらどーしてくれんの」

「そんときゃ一杯奢ってやるよ、アッハッハ」


…本当に応援してくれているのだろうか。もはや話のネタとしてただ、楽しんでいるだけのようにも見えるから、俺は思わず肩を竦めた。


「前に連れてきてくれた子だろ?高嶺の花ってカンジだったもんなァ!銀さんには少々勿体ねェ気もするが」

「…どっかで聞いたセリフだな…」

「まぁでも、銀さんなら何とかなるだろーよ!応援してるぜ!自分の娘が連れてきたら、ぶん殴っちまうけどなぁ〜アッハッハッハッハ」

「……」


笑いすぎてむせ返るオヤジさんを尻目に、ダン、と札を置いた。立ち上がり戸に向かう俺に向かって頑張れよ!なんて声をかけてくれるもんだから、俺は笑ってVサインを向けた。


居酒屋からなまえの家はそう遠くない。普段はスクーターを走らせて向かう通い慣れたその道を、心を落ち着かせるためにゆっくりと歩いて向かった。


…この気持ちを伝えたら、どんな反応をするだろうか。この前の態度が、俺の思い違いだったら、俺はとんだピエロだ。恥ずかしくてもう、江戸じゃ生きていけねーかもしんねェ。


梅雨の季節はもうすぐそこ。湿気を帯びた空気を肌に感じながら、何度となくシミュレーションを重ねる俺は、一人でため息をついたり、頭を掻き毟ったりと、どうにも落ち着きがない。長屋までもうすぐに迫っている。落ち着かせるためにポッケに入れていたチョコレートを口に含んで、ふぅ、はぁ、と深呼吸をした。


「…よし、」


階段を上がると、すぐに彼女の部屋だ。また大きく息を吸い込んで、意を決して戸を叩いた。普段だったらすぐに中から足音がするはずだが、今日に限って何の反応もない。


「…?」


また数回戸を叩く。が、やはり何の気配もない。以前にもこんなことがあった気がするが、その時はコンビニに行っていたとか何とかで、数分で戻ってきたんだった。
…またコンビニにでもいってんのか。こんな夜更けに何かあったらどーすんだ、ったく。
迎えに行ってやるか、と階段を降りてコンビニまでの道を歩き出した。
…僅かに胸騒ぎのする心に、気づかないふりをして。





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