beniiro tear | ナノ


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ここ最近は情事を終えても、すぐに帰らずに彼女の布団に寝転がることが多くなった。…少しでもなまえと多くの時間を過ごしたいあまりに。
「万事屋さん」と俺に声をかけて、冷蔵庫に駆け寄ったなまえの手には、長細い箱があった。


「この間のお礼です。よかったら神楽ちゃんや新八君と食べてください」

「うぉ!マジ?!いいの?」


突然のなまえの気遣いに、俺は思わず喜びの声上げてしまった。箱の中身は、有名な洋菓子屋のシュークリーム。ずっと気にはなっていたが、なかなかの値段のするこれに、手を出せずにいたのだ。満面の笑みをなまえに向けると、どこか安心したような顔で俺に微笑みかけた。


「甘いものが好きなんて知らずに買ったんですけど。…よかった」

「ちょーど腹減ってたの。食っていい?」

「そうなんですか?じゃあ一緒にお茶でも出しますね」


何のつもりか、普段と違う態度のなまえに、俺の心は舞い上がってしまう。情事を終えて、共にシュークリームを食べるなんてこと、今まで一度もなかったのだから。頬杖をついて茶を煎れる彼女の背中を見つめる。何だか恋人同士のようなやりとりに、俺の頬は緩みっぱなしだ。ふと俺は気付いた。これは、俗に言う"普通"じゃねェか?"普通"の恋人同士の空気じゃねェのか、と。…つーか、そもそも彼女の言う"普通"ってなんなんだ?


「…なァ、前に居酒屋で話したこと、覚えてる?」

「…というと?」

「元カレの話とか、散々してたんだけど。覚えてねェ?」


そんなことを聞いて、何になるっつーんだ、俺。
「俺ら、"普通の恋"できそーじゃねェ?」なんて言ってしまいそうになる。勝手に"普通じゃない"片思いをしてるのは、こっちだっつーのに。
俺の言葉に、何故か彼女の顔がみるみる青くなっていく。作ったような笑顔でブンブンと首を振る彼女に、俺は内心ため息をついた。「ならいーや、」なんて少しもいいわけないのに、笑って見せた。


「…ごめんなさい。あの時、結構酔っ払ってたみたいで」

「確かにあん時、ふにゃふにゃだったもんなァ」


申し訳なさそうな顔で謝る彼女に、俺の心は小さくヒビが入った。…そうやって酔っ払って色んな男のモノになってきたのか、なんてくだらない嫉妬心が顔を出した。自分の心の狭さにほとほと嫌になる。


「ごちそーさん」


これ以上ここにいては、自分の黒い部分を曝け出してしまいそうで怖くなった俺は、立ち上がりヘルメットを手に持った。玄関へ向かう俺を、珍しく彼女は呼び止める。そして俺に駆け寄ったかと思えば、真っ赤な顔で俺の着流しをチョンと摘んだ。


「また、甘い物、用意しておくんで…よかったらまたお茶でもしてって下さい」


一瞬、息が止まった。気のせいではない。止まったのだ。彼女の絞り出したような小さな声に、赤く染まった顔。着流しを摘む震える手に、俺の心は握り潰された。


「…気が向いたら」


どこか恥ずかしそうに俺を見上げて笑う彼女に、俺も無意識に笑いかけていた。何も言葉を出せずに、代わりに彼女の頭にポンと手を乗せると、なまえは柔らかく笑った。





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帰り道、スクーターを走らせながら、ぼんやりとなまえのことを考えていた。先ほどの彼女の表情や行動を思い出すだけで、心臓が壊れたように音を立てる。

…あれは天然なのか?だとしたら、とんでもねー生き物だ。

…それともなまえも、同じ気持ちだったりすんのか?

…ババアだって言ってた。誰とでもできるやつもいりゃあ、逆に好きでなきゃできねェやつもいるって。


…これは、もしかしたら、脈アリなのか?



そんな都合のいい妄想をしながら走っていると、気がつけば万事屋はもうすぐそこだ。俺はブゥンとアクセルを回し、家路を急いだ。
もしかしたら…、と緩む口元を隠せずに。






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