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心の中で新八と神楽に謝りながら、たどり着いた彼女の職場。日中に会うのは、飲み屋に誘った日以来か。なまえに会うときは、必ず意図的に酒を飲んでいる。そうでもしなきゃ、俺の心が悲鳴を上げそうになるからだ。それを紛らわすために、浴びるように酒を飲んでから、あの長屋に向かっているせいで、素面の時にどんな態度をとっていたのか忘れてしまっていた。
少し緊張しながら開け放たれた扉に向かうと、そこにはこちらに背を向けたまま、何やらブツブツと独り言を言う愛しい彼女の姿があった。
いつかのようにその姿を眺めていると、視線に気付いたのか突然振り返った彼女は、驚いたように声を上げた。
「よ、万事屋さんっ!」
「何ブツブツ喋ってんの?ちょっと怖かったんですけど」
扉に体を預けたまま、意地悪く笑って首を傾げると、彼女は固まったように動かず、俺を見つめた。
「万事屋さん、どうして…」
「いや、近くで仕事があったからよ、久しぶりに働いてる姿でも覗いてやろーと思ってな」
金欠で飯が食えない挙句、なけなしの金で団子を買いに来たついでに、会いたくなっちまった…とは言えずに、咄嗟に嘘をついてしまった。そんな俺を見つめたまま、彼女は何も言わずに立ち竦んでいる。どこか反応の悪い彼女に、俺は少しの居心地の悪さを感じた。
…夜じゃなきゃ、用はねェってか。
「…迷惑だった?」
そんな言葉が思わず口をついて出てしまった。苦笑いを浮かべた俺に、なまえは大きく首を振る。徐に彼女の頭にポンと手を置いて、何も考えずにみたらし団子の入った袋を差し出した。なまえは不思議そうにそれを受け取ると、大きな瞳で俺を見上げた。
「団子、好きか?」
「はい」
「…好きです」そう少し間を空けて付け足した彼女の言葉に、俺は不意打ちを食らったように目を見開いた。思わずなまえの頭に乗せた手をパッと離し、踵を返す。
「じゃ。また、な」
なまえは、気をつけて、とかそんなようなことを言っていた気がする。うまく聞き取れなかったのは、俺の心臓がうるさく鳴り響いているせいだ。
…わかってる、どう考えたって、団子が好きだっつー意味だ。
じんわりと汗をかいた今の俺の顔は、とんでもなく真っ赤に染まっていることだろう。
「好き」という言葉に、これだけの威力があるなんて知らなかった。いや、今や彼女の発する言葉一つ一つに対銀さんミサイルかの如く、莫大な威力がある。
『銀時さん』
そう呼ぶ彼女の顔と声が俺の頭を占領する。邪心を振り払うべく、足早に万事屋へと帰宅した。
….新八と神楽にタコ殴りにされたのは言うまでもない。
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