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「何だい、改まって気持ち悪いねぇ」
「っせーよ」
新八の目を盗んで、一階にあるスナックお登勢に足を運んだ俺は、掃除をしていたババアに声をかけた。…え?このババアは誰かって?うちの下に住んでる大家のお登勢。通称ババアだ。
「通称ババアって何だよ!別にババアで通っちゃいねェよ!お前らが勝手に呼んでるだけだろうが!」
「まぁまぁ、あんま大声出すなよ。血圧上がんぞ」
誰のせいだと思ってるんだい、と徐ろにタバコに火を点けたババアは、フゥ、と煙を吐いた。たまと猫耳妖怪はタイミングよく買い出しに出かけたようで、このスナックお登勢には、俺とババア二人きり。普段は騒がしいこの店内も、日中ともあればしんと静まり返っている。
「それで?何だい、相談っていうのは。家賃下げろとか、そういう話なら聞けないよ」
「ババアも無駄に年食ってきたわけじゃねェだろうから、単刀直入に言う。…女にも性欲ってあんのか?」
「……性欲ゥ?」
ハァ?と眉を顰めたババアに、俺は舌打ちをした。
…やっぱり聞く相手間違えたか。
帰ろうと立ち上がった俺を、ババアは静止する。それも、何故か少し嬉しそうな表情で。
「とうとうあんたにも、そういう相手ができたのかい」
「そーいうんじゃねェよ。ただ…少し気になっただけだよ」
「そりゃ、人間さね。あるに決まってんだろう?」
「…ま、そりゃそーだよな」
訝しげに俺を見るババアから目を逸らすと、無意識にため息がこぼれ落ちた。
「…そういうのって誰でもいいのか?」
「…あァ?」
別にババアのこういう話が聞きたいわけじゃねェ。俺の周りで相談出来る女がいねえってだけだ。
妙に聞くのが一番手っ取り早いが、新八に漏らされたらたまったもんじゃねーし、まともに答えてくれるとは思えない。
ババアは少し考えるような素振りをして、すぐに俺には視線を移した。
「人によるとは思うがね。…誰でもいいって奴もいるだろうし、逆にそういうことはちゃんと想い合った相手とじゃなきゃ嫌な奴だっているさ」
「人による、か…」
「何かあったんだろうが、あまり思い詰めないことだよ。人の気持ちっていうのは、そうそう他人がわかるモンじゃないからね」
フゥとまた煙を吐いたババアを、俺は何も言えずにぼんやりと眺めていた。
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