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あれから起きる気配のなかったなまえをおぶって帰路についていたところで、彼女は突然目を覚ました。「えっ!?アレ!?」と俺の背中で慌てふためくなまえに思わず吹き出した。
「…まさか、覚えてねェの?」
「万事屋さん、私、まさか寝ちゃってました?」
普段の彼女に戻っていることに安心して、地面に彼女を降ろすと、まだアルコールが残っているのだろうか。ふらふらとおぼつかない足取りで俺の横をついて歩く。
「なに、お前、酒弱かったの」
呆れたように笑う俺だって、人のことをとやかく言えるほど酒は強くねェ。何なら彼女が寝てから少しヤケ酒してたもんだから、頭の中がガンガンと響いて煩い。
「ん、まぁ」
「まぁ、ってレベルじゃねェだろ、ふにゃふにゃじゃねェか」
ツンと彼女の頭を小突くと、少し驚いたような顔で俺を見つめてくるもんだから、思わず笑みがこぼれる。恥ずかしそう視線を逸らした彼女がいじらしい。
「…万事屋さんは、彼女とかいるんですか」
視線を逸らしたままそう呟く彼女に、俺の心臓が飛び上がった。
…え?なにそれ、どういう意味?待って、やっぱりこの子まだ酒抜けてない?
一瞬にして頭をぐるぐると馳け廻るも、思考が追いつかずに即座に口から声が出た。
「いたら女と二人で酒なんか飲まねーだろ」
「…意外と真面目なんですね」
「メンドクセェの嫌いだからな。ってか意外ってなんだ、意外って」
…めちゃめちゃ早口になっちゃったけど、怪しまれてない!?何こいつちょっと食い気味に即答してんのキモイとか思ってないかな?!
反応を伺うように、眉を顰めて彼女を見つめるも、変わらず微笑んでくれたから一先ず安心だ。
一言二言言葉を紡ぐも、すぐに会話は途切れてしまう。理由は明白。鼻を掠める花のような匂い。そして先ほどから彼女の指先が何度か俺の指先に触れるもんだから、会話に集中できない。女性特有の指先の冷たさが、熱を帯びた俺の指を刺激する。
「…万事屋さん、お家もうここなんで、大丈夫です」
「あ、そう?悪ィな、無理に飲ませちまって」
口を開いたのはなまえの方だった。聞きたくない別れの言葉。だが、俺らは恋人同士じゃねェ。変にグイグイ行っても引かれるだけかと、どうにか素っ気なく頷くことに成功した俺に、彼女は「いえ」と控えめに首を振った。頭を下げる彼女に踵を返し、手を上げて元来た道を歩き出す。
…焦っちゃいけねェ。何事も急がば回れ、だ。
先ほど彼女が触れた指先の感覚が、いやにリアルに残っている。それを握り締めるように拳を作ったところで、突然彼女に呼び止められた。
「どーした?…忘れもん?」
振り返って首を傾げると、彼女は何かを決心したような、強い眼差しで俺を見つめた。
「万事屋さん、この前、仰ってましたよね」
「…この前?」
そう消え入りそうな声で呟いたかと思えば、なまえはその場を駆け出して、俺の胸に飛び込んできた。突然のことにその場から動けずにダイレクトに彼女を受け止めると、潤んだ瞳が俺の顔を見上げた。
…ダメだ、やめろ、そんな顔で俺を見るんじゃねェ。
「報酬は、払います。…御依頼されて頂けませんか」
「…依頼?」
震える彼女の言葉に、俺もつられて震えたような声を絞り出す。俺の服を掴む彼女の手が、俺を見つめる彼女の瞳が、どんどんと俺の中の冷静さを奪っていく。頭の中で鳴り響く警報が、必死に俺をどうにか正そうとしている。
…焦るな、銀時。彼女を大切にしたいのなら、今はまだ。
「万事屋さん、…私を抱いてください」
彼女の瞳から溢れた涙を見て、俺の理性は完全にショートした。
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