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すっかり暗くなった夜道を並んで歩く。十四郎の煙草の匂いが鼻をかすめて、心が穏やかになる。普通の人はきっと嫌うであろう副流煙が、私にとっては安定剤のような役割を果たしていることに、最近気付いた。
「今日は悪かったな」
「とっても楽しかったから、気にしないで。皆さんいい方ばかりね」
「ならいいけどよ」
十四郎はあまり口数が多い方ではない。故にこうして無言の時間が多くなってしまうのだが、私はそれが何だか心地よく感じる。友人というよりは、どこか家族に近いような存在。きっと十四郎も同じ気持ちでいてくれているはずだ。
「総悟がお前に懐いちまってやりづれェよ」
「もう、すぐヤキモチ妬くんだから」
「バカ、ちっげェよ!テメェ脳味噌わたあめなんじゃねェのか」
この前は豆腐だったんだけどな、なんて心の中で悪態を吐く。そしてわたあめを頭の中で描いたところで、一人の男の後ろ姿が浮かんだ。
…確かにわたあめのような頭をしているなぁ。フワフワとした、銀色の綺麗な髪。彼は今、何をしているんだろう。思わず視線を地面に落としてしまった。
「なんだよ、浮かねェツラして」
「ううん、何でもない」
「嘘つけよ、何だよ。言ってみろ」
「…」
眉を顰める十四郎に、私は一つため息を落とす。私がまた新たな恋をしていることにどうせ勘づいているのだろう。たまには愚痴でも聞いてもらおうかな、なんて「あのね、」と口を開き、顔を見上げたところで、息が止まってしまった。
「おーおー、こんな夜更けにデートですか?見せつけてくれるじゃねーか、マヨラー君」
「…チッ、んなとこで何してやがる、天パヤロー」
…何で、万事屋さんが、こんなところに。
私は彼を捉えるなり、固まって動けなくなってしまった。銀時はそんな私を一瞥すると、すぐに十四郎へと視線を移した。
「お前もそういう女いたんだなァ。鬼の副長ともあろう男が、女にデレデレしちまってよォ」
「あァ!?俺のどこがデレデレしてんだよ!?テメェ目おかしーんじゃねェの?!糖尿病の合併症で目ェ見えなくなってんじゃねェのォ?!!」
「ちょっと、十四郎…」
顔を合わせるなり大きな声で罵り合う二人に、私は思わず仲裁に入る。その瞬間銀時の顔色が一瞬変わった気がして、私はまた竦んでしまった。そんな私をよそに、十四郎はまだ銀時に食ってかかろうとする。
「つーかテメェこいつのこと知ってんじゃねェのかよ」
「…」
「前にこいつが、」
「…知らねェよ、こんな女」
その瞬間、私の心に大きくヒビが入ったような気がした。その言葉を理解しまいと、脳が拒絶をしているように、何も考えられなくなってしまった。「あ?」と訝しげな顔をする十四郎に、溢れ出しそうな気持ちを必死に抑えて私は笑った。早く、取り繕わなければ。でなければ、私は今にも。
「私も、人違いをしていたみたい。…だって、初めてお目見えする方ですもの」
そう言って他人行儀の笑顔を銀時に向ける。そんな私を見つめる銀時の瞳から、何も汲み取ることができない。
「十四郎、もうお家そこだからここでいいわ。送ってくれてありがとうね」
銀時に会釈をして、私を呼び止める十四郎の声を振り払うように、長屋へと走った。
一刻も早くこの場所から離れたかった。銀時の瞳から、逃げたかった。
心が壊れてしまう前に。
Tulip / チューリップ : 望みなき愛
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