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「ねぇ、十四郎。…万事屋さんって知ってる?」
何気なくその質問を隣で土方スペシャルなるゲテモノをかっ込んでいる十四郎に向けてみた。その瞬間いつにも増して眉の皺が深く寄っていく。
「テメェ、飯食ってる時に気分わりィ単語出すんじゃねェ」
「あらそれ、ご飯だったの?」
眉を上げて肩を竦める私を十四郎の三白眼がキッと捉える。そんな瞳に気にもせずに、お茶漬けを口に運んだ。
「万事屋がどーした」
「この前花屋の屋根、直しに来てくれたの」
「…そーかよ」
チラリと私を見る十四郎に、心の奥底を見透かされないように、笑顔を作る。空になった丼をガン、と音を立て机の上に置いた。
「あいつにゃ深入りしねーことだ」
「えっ?」
「…不幸になりたくなけりゃーな」
視線を移せずに、お茶漬けを見つめた私は、必死にその言葉の意味を理解しようとするが、グルグルと頭を回るその言葉に、何も答えることができなくなってしまった。けれど、このまま無言を貫いてしまえば、勘のいい十四郎のことだ。万事屋と依頼人という関係以上の感情を持っていることに気づいてしまうかもしれない。私はすぐさま取り繕った。
「あら十四郎、ヤキモチ?」
「バッ…!!ちげーよ、お前の脳味噌は豆腐でできてんのか?」
「冗談よ、万事屋さんとも何にもないから、安心して」
「安心もクソも、俺とテメェも何もねェだろーが」
ったく、と私のからかいに心底呆れたように、ため息をつく。
…そう、私たちは男女の関係にない。たまにこうして共に食事をしたり、他愛もない話をしたり、時には愚痴を言い合ったり(主に真撰組の愚痴を聞かされる)する程度の中で、互いにそれ以上の感情は持ち合わせてはいない。だから、十四郎に対しては唯一素の自分でいられている。だって、この関係には、終わりが来ないから。
「お前、もうこの間の男と終わったのか」
「うん、また捨てられちゃったの」
「懲りねーやつだな、本当」
十四郎が私に憎まれ口を叩くのも仕方ない。私は今まで彼氏ができても、長続きしたことがないのだ。それとなく言い寄られて付き合って、気が付くと私から離れていってしまう。何度となく枕を濡らし、一人で生きようと心に決めても、その決意も気が付けば脆く崩れて、同じことの繰り返し。言わば恋愛体質ということなのだろう。…それもダメ男ばっかり引き当ててしまう。
「ヒモに、マザコン、借金まみれ。一個前は、攘夷浪士だったっけか?今回のは何だったんだよ」
「性癖が、…ちょっとね。赤ちゃん言葉使ったりとか」
「そんな男共に捨てられてんじゃ、お前もいよいよ終いだな」
「もう懲り懲りよ」
「何十回聞いたかわかんねェぞ、そのセリフ」
何が悲しいって、そんなろくでなし達に悉く捨てられてきていることだ。理由は明白ではないが、何か私にも欠点があるのだろう。そんなことを繰り返していくうちに、人との別れにトラウマを感じるようになってきた。出会いがあるから、別れがある。そんな言葉がある通り、出会わなければ、涙を流すようなこともない。それならばそう生きていこうと、つい二ヶ月ほど前に心に決めたのだ。…そう、決めたのに。
「私、いつ幸せになれるのかなぁ」
「ま、お前は、当分無理だろーな」
眉を上げて意地悪く笑う十四郎の肩を、ちょいっと肘で小突くと、また可笑しそうに笑うから、私もつられて微笑んだ。
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