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「なァ、どこに引っ越す予定なの」
しばらく互いに生まれたままの姿で抱き合い、静かな時を過ごしていた。銀時は思い出したかのように、私の顔を覗き込んだ。その言葉に、私に腕まくらをする銀時の腕に、そっと触れる。
「…そのことなんですけど、さっき、…キャンセルしてしまったんです」
「…えっ?」
スナックお登勢から帰ってきた私は、眠りについてしまう前に不動産やに電話をかけて週末に迫った引っ越しの予定を全てキャンセルしてしまった。電話越しで散々なじられながらも、私はやはりこの部屋を引き払うことなんてできなかった。謝り倒してどうにかこのまま住めないかと頼み込むと、多少の違約金を払えば許してくれるとのことだった。
「…何でまた、」
「最初はこの部屋にいるのが辛くって、…銀時さんのことを思い出してしまうから。だから引き払ってしまえば、気持ちを忘れられるかと思ったんですけど。やっぱりそんなことできなくって…そんなことしたって銀時さんのこと、忘れることなんてできそうになかったから…」
散々騒ぎ立てておきながら、こんな報告をしなければならないことが、恥ずかしくて。私は銀時から顔を逸らすように俯くと、ったくよー、と呆れた声が飛んできて、私はそのまま銀時の脇腹に顔を埋めた。
「…ごめんなさ…重いですよね、こんなの…」
「どこまで俺の心鷲掴みにすりゃ、気が済むんだよ」
「え?」
「…俺さ、ずっと思ってたんだ。お前ってさ、麻薬みたいだよな」
…麻薬。小さく口の中で銀時の言葉を繰り返す。全くいい意味に聞こえずに、私は少し上半身を起こして、銀時の表情を伺った。眉を上げて困ったように笑う銀時は、私の顔を引き寄せて頬にキスをした。そのまま私は銀時の胸に手を当てて、顎を乗せた。
「何回抱いても飽きねーし、それどころか会いたい気持ちは増してくし、頭から離れてくんねーし。ものの見事に依存しちまったよ」
「…銀時さん」
「とんでもねー女に引っかかっちまったみてーだわ」
はーあ、とため息をつく銀時に、私は可笑しさを隠せずにくすくすと笑ってしまった。そんな私をあやすように優しく大きな掌が私の頭を撫でる。こんな甘ったるい時間を過ごすことができるなんて、夢にも思っていなかった。恋い焦がれていた遠い存在だった彼が、同じように私を想ってくれている。なんて幸せなことなんだろう。
「あ!やべ、忘れてた!」
私を横に寄せて、ガバッと起き上がった銀時は慌てて着流しを羽織って玄関の外へと飛び出した。何事かと私もつられて着物を羽織ると、またドタバタと音を立てて部屋に戻ってきた銀時の手には、おおよそ似つかわしくない、真っ赤なバラの束があった。
「…それ、バラですよね?」
「あーこれ、…うん、そうだな」
「これは、銀時さんが?」
手渡された花束の本数を、職業柄目視で確認してしまった私は、思わずそんな質問を投げかけてしまった。銀時は少し悩んで、気まずそうに微笑んだ。
「あー、いや。…わりーこれ用意したの、新八と神楽なんだわ」
「ふふ、ごめんなさい。わかっていて聞いたの」
意地悪なことを言ってしまったと、私はくすくすと笑った。そんな私の意図が掴めていない銀時は首を傾げた。
「このバラ、11本あるんです」
「…それが?」
「バラというのは、色や贈る本数によって、花言葉が変わるんです。…きっと新八くんと神楽ちゃんは、それを調べてくれたのかもしれません」
「…花言葉?んじゃ、11本のバラは何つー花言葉なワケ?」
私はその花束を抱いて、銀時の胸に飛び込んだ。
「11本の赤いバラの花言葉は、」
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