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銀時の家に居候させてもらうようになってから、早くもひと月が経過した。元々一緒に住んでいたようなものだったし、互いに気を使うことなく日々を送れている。もちろんそれは神楽ちゃんや新八くんのおかげでもある。
「なまえ、おかわりアル!」
「はーい、いま持ってくるね」
「なまえさんの卵焼き、本当に美味しいです…!」
「そりゃお前の姉ちゃんと比較すりゃ、何でもうめーだろ」
「姉御のダークマターと一緒にしたらなまえが可哀想アル」
こんな風にまるで家族のように温かい日々を送っている。みんなで朝ごはんを食べて。新八くんと掃除をして。仕事がある日はみんなを見送って。夜になるとたまにお登勢さんのお店にお手伝いに行ったりして。とっても充実した日々。
そして、この町に来て銀時の周りの人と顔をあわせることが増えてきた。新八くんのお姉さんの妙ちゃんに九兵衛ちゃん。銀時のことが大好きな猿飛さんに、あとはスナックお登勢の面々。私に会うたび絡んでくる猿飛さんは別としても、銀時の周りの女の人たちはみんないい人ばかりでホッとしている。
「あぁ、さっちゃんさんのことなら、気にしなくって大丈夫ですよ!」
「…そうなの?」
「あの人は銀さんのこと大好きで追いかけましてますけど、銀さんは全く相手にしてないですからね」
「デレデレしてるのはなまえだけアルよ!」
なんてこっそり二人に詮索してみたけど、やっぱり猿飛さんと銀時は何もないみたい。…ていうか、私何でこんなことばっかり考えてしまうんだろう。何だか嫌な女になってしまった気がして、がっくりと肩を落とした。
「なまえー、準備終わったぞ、出れるかー?」
「出れるよ!じゃあ、新八くん、神楽ちゃん行ってくるね」
二人で万事屋を後にして、今日の夕飯の買い出しをしに町へと繰り出した。あの日から、銀時と同じ部屋で寝泊まりするようになったけど、布団が別々なのはもちろん、銀時が私に手を出してくるなんてことは一切なくて、私は少しだけ寂しい気持ちになっていた。好きだ何だと思っているのは私だけで、本当は銀時は私のことなんて、何とも思っていないのかもしれない。あんなに血塗られた日々を送っていた私のことを、女としてなんて、見ていないのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなってくるのだ。
「ねぇ銀時、今日夕飯どうしよっか」
「久しぶりにお前が作る豚汁食いてェなー」
「いいね、豚汁!私の得意料理だもん」
こんな夫婦さながらの会話をしながら、スーパーへと向かっていると、前方に今までに見たことないくらい、煙管を片手に綺麗な人が歩いてきた。顔に傷があるみたいだけど、そんなの全然気にならないくらいの美人さん。胸も大きいし、スタイル抜群。もし私があれだけの美人だったら、銀時も私に触れてくれるのだろうか。
「ね、銀時、あの人すごい美人じゃない?」
「んー?どれ……って、月詠じゃねーか」
「銀時!」
その美人さん、もとい月詠と呼ばれた女性は銀時を見るなり、彼の名を呼んだ。えっ?と思わず銀時を見上げると、随分と優しく微笑んでいる。
「お前、こんなとこで何してんの」
「銀時、ぬしこそ何をしておる。昼間っからこんなに可愛らしいおなごを連れて」
彼女の口からさらりと出る「銀時」という言葉。私が今までに会ってきた女の人たちは、九兵衛ちゃんを除いてみんな銀時のことを「銀さん」と呼んでいる。それなのに、この人だけは「銀時」と。
「あー、こいつは、なまえ。昔からの知り合いなんだ。…妹みてーなもん」
「…妹」
銀時のその言葉を聞いて、私の心にピシッとヒビが入った。これだけの美人さんで、こんなに親しげに話していて、何だかただならぬ雰囲気を醸し出していて。その上私のことは、妹?私は曖昧に会釈をすると、月詠という人は空気を察してかすぐに去っていった。明らかに態度が悪かった私に、銀時は心配そうに首を傾げた。
「どーした?なんかあった?」
「ねぇ、銀時。…今の人って誰?」
「あーアイツは吉原のヤツ。月詠ってんだ」
「吉原って?」
「地下の遊郭街だよ」
「…遊郭?」
私はその言葉を聞いて、どんどん心の中に黒い何かが溢れていくのがわかった。必死に湧き上がる黒い何かを抑えようとするのに、抗えない。
「遊郭って、あの人遊女ってこと?」
「いや、アイツは…」
「銀時、遊女なんかにたぶらかされてるの?」
そんなこと、言いたくなんてないのに。銀時は私の言葉に、怒ったように眉を顰めた。私も負けじと眉を顰めて銀時を見上げた。何なの、この気持ちは。何でこんなことを言ってしまうの。
「は?お前何言ってんだよ。アイツはそーいう女じゃねェ…」
「アイツって、何?アイツ呼ばわりするような仲なの?銀時、なんて呼ばれるような仲なの?」
「オイ…」
「妹って何?私のことずっと妹だと思ってたの?あっそう!」
「なまえ!」
「私は、銀時の妹なんかじゃないよ!!!私はそんなこと一度も思ったことない!銀時の、バカ!」
涙が溢れそうになるのを堪えて、思わず大きな声を上げてしまった。驚いたような顔をする銀時に、居た堪れなくなってその場を走り出す。私の名を叫ぶ銀時の声を振り切って、私はよくも知らないかぶき町の町へと駆け出した。
…何で、あんなこと言っちゃったんだろう。ここのところ私が私じゃないみたい。他の女の人のことばかり気になって、銀時が彼女たちをどう思っているのかなんて、そんなことばっかり。溢れる涙を拭うこともせずに、袂から紙を取り出して私はこの町で唯一の"当て"へと向かった。
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