▼ 優しいアイツ 1/3
…寒い。
いや、正確にはほのかな温かさに包まれてはいるんだけど。身体の芯が凍えるように寒い。それなのに、何故か汗っぽくって気持ち悪い。頭がぼんやりとして、思考がままならない。何だか遠くで人の声がするような、しないような。あれ、私昨日全蔵と別れてから、どうしたんだっけ。確か、湯船に浸かって、酒飲んで、…地上に上がったんだっけ。それでそれで、何だか知らないけど万事屋まで行って、でも、銀時には会えていない。非常識な時間だからと、結局階段に座り込んで、そのまま…。
「…へっくしゅ!」
「オイ、大丈夫か?」
ゆっくりと瞼を開けると、ぼんやりとした視界の中で、銀とオレンジと黒い何かが私を覗き込んでいる。状況が掴めずに、よく目をこらすとその色とりどりの正体は、万事屋の三人だったことに気付いて、私は二、三度瞬きをした。
「え、…あれ、みんな、…どうしたの」
「どうしたもこうしたもねェよ、そりゃこっちのセリフだ」
「朝来たら、なまえさんが階段で寝てたんですよ!それに、すごい熱で」
「大丈夫アルか?家出でもしてきたアルか?」
起き上がろうとするのに、身体に力が入らない。風呂上がりに髪も乾かさずに飛び出してきたから、夜風に当たって風邪をひいてしまったようだ。一体、何をしてるんだ、私は。三人は私が目を覚ましたことに安堵したような表情を浮かべた。
「何か食べたいものありますか?」
「…あったかいもの、…」
「すぐに用意するんで、寝ててくださいね!」
「私も手伝うアル!」
ドタバタと寝室から飛び出す二人に、銀時もつられて立ち上がろうとした。咄嗟に私は重い腕を上げて、銀時の着流しを摘んだ。…嗚呼、何してるんだろう。熱で頭が良く回らない。
「…銀時、」
「どーした?」
「…行かないで、銀時」
上げかけた腰をまた下ろして、銀時は眉を下げてため息をついた。私も自分で何を言ってるのかよくわからない。でも、傍にいてほしいのだ。風邪のせいなのか、それ以外の理由があるのか、私にもわからない。それでも今は一人になりたくない。
「何してたの、あんなとこで。電話くれりゃ、一緒に寝てやったのに」
「…だって、朝方だったし、人んち遊び行く時間じゃなかったし」
「そんで人んちの階段で寝て、風邪ひいて…ってバカだろ、お前」
「…るせー」
冷たい銀時の手のひらが、私の頬に触れて気持ちがいい。徐にその手のひらを握ると、銀時は一瞬驚いてすぐに嬉しそうに笑った。
「何、随分甘えん坊じゃん。ずっと熱出てりゃいーのに」
「…冷たくて気持ちいい」
「あ、そう。…んーで?なんかあったの、お前」
珍しい私の行動は、やはり怪しさしかないのか。確かに夜中に突然ここへくるなど、普段の私だったらありえない行動だ。私を見下ろす銀時を見つめていると、何故かどんどん視界が歪んでくる。熱のせいか、涙腺が緩いみたいだ。
「…昨日、全蔵に会って、」
「んー」
「…ちょっと飲んで」
「…そんで?」
「…そしたら、会いたくなった、お前に」
私の言葉に表情を変えることなく、銀時はふぅんと唸ってみせる。別にやましいことなどないのだが、隠すこともできずに私は素直に打ち明けた。何も返事をよこさない銀時に、自然と握った手のひらに力が入る。それに気付いた銀時は、柔らかく笑って、同じように握り返してくれた。
「何で、泣くんだよ。泣くほど会いたかったの」
「…うん、……会いたかった」
「…ったく」
自然と目尻から涙がこぼれる。深い意味などないのだが、やはり熱というのは人の身体を正常に動かしてくれなくなる。ただ銀時の顔を見れただけなのに、こんなにも心が満たされたような気持ちになってしまう。不思議なものだ。銀時は空いた手で溢れた雫を拭うと、私の額にキスをした。
「別に顔合わしたり酒飲んだり、そんくらいじゃ文句言わねーよ。そんなに銀さん小さい男に見える?」
「見える」
「オイ!何でそこだけ即答すんだよ!」
「……銀時」
熱くて、寒くて、息苦しい。普段風邪なんてひくことがないから、耐性がなくって、結構辛い。荒く息を吐きながら、眉を顰めて銀時を見つめた。
「…好きだよ、銀時」
…私は、銀時が好きだ。悩みごとはたくさんあれど、この気持ちに嘘はない。それなのになぜこんなにも、心が痛むのだろうか。耳に残った元カレの声が、私の心を揺さぶってくる。私の気持ちを試してくる。試されたところで、銀時への気持ちに変わりはない。そんなの私が一番よくわかっているのだ。
「んな顔で、んなこと言うなよ。襲っちまうぞ」
「無理」
「だから何でそこは即答すんだよ!」
「…ねぇ、銀時」
「あ?」
「…風邪、移していい?」
小さく呟いた私の言葉の意味を理解したのか、銀時はまた驚いたように目を見開いた。片眉を上げて、ふんと笑って私の頬に手を添えた。
「お安い御用だ」
私の中に溜まった熱を逃がすように、銀時の柔らかい唇が優しく触れた。それによって更に熱が上がったような気がした。
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