Ichika -carré- | ナノ


▼ 思い出のアイツ 1/1 side 服部全蔵



初めてアイツに会ったのは、まだあの町が夜王の支配下にあった時だったなァ。数年は前の話だ。言わずと知れた醜女好きの俺が、醜女専門のキャバクラ帰りに目に止まった一人の女。顔に傷こそこさえちゃいるが、端から見りゃとんだ上玉だ。ま、俺から言わせりゃ、毛ほども好みじゃねェんだが。団子片手に闇の深そうな瞳がこちらを一瞥した時、俺は柄にもなく心臓が高鳴った。


『おたく、どこの店の子?』

『…悪いけど、私遊女じゃねーから。他当たってくれる』


気付けば声をかけていた。が、すぐに俺から目を逸らし、その場を離れたアイツに俺の心は持ってかれちまった。普段は仕事のついでにしか足を運ぶことのなかった吉原に、足繁く通い続けた。最初こそ適当にあしらわれていたが、徐々に気を許して数えるほどだが笑いかけてくれるようになった。俺の話ばかり聞いていたアイツも、ポツリポツリと自身の話をしてくれるようになった。吉原の自警団の副頭領だということ。そのお頭と二人三脚で団をまとめているということ。こんな見た目にして忍術の腕があるということ。ついぞその瞳の闇に触れることはできなんだか、特に百華のお頭の話をするときのアイツは、えらく楽しそうだった。


『なァ、もうそろそろいいんじゃねェか?』

『何が?』

『俺の女になってくれても、いいんじゃねェか』


どれくらい通い詰めたか俺自身も忘れたある日の夜に、ようやくアイツは首を縦に振ってくれた。別嬪さんにゃ興味のねェ俺だったが、この時のアイツの照れたような表情は、金輪際忘れることができねェほどに、可愛かったなァ、うん。


『全蔵ー!』


俺が見つけるより先に、笑顔で俺の胸に飛び込んでくるアイツは、出会った頃に比べると随分と明るくなったように思う。よく笑い、よく話し、まぁよく食べる。噂の百華のお頭を紹介されたり、独り住いにしちゃ随分広い長屋に招かれたりと、それなりに恋人生活を満喫してた。


『や、…ぁあっ…!』

『何、そんな声出せんの?クるねェ、そーいうの』


そんで何より驚いたのが、普段のアイツからじゃ考えられねェくらいの、床上手。いや、この吉原出身とありゃ床上手だったとしても、何ら驚くことはねェんだが。座敷にゃ上がったことはないとか何とか言ってたから、調教甲斐があるなァなんて思ってたのに、見事に溺れたのは俺の方。ま、今となっちゃ地雷亜のヤローのせいだったとわかったが。本当に文字通り、毎晩のようにアイツの身体を貪り尽くしたね。性欲増長機能でもついてんのか調べたくなるほどに。アイツの快感に歪む顔がどうにも堪らなく好きだったんだよなァ。

それにしてもまぁ、何とも甘ったるい日々を送ってたのは確かだ。御庭番出身の俺が、まさか好みでもねェ女に骨抜きにされるなんざ、誰が想像したかね。俺ですら想像も出来てなかったことだ。たまにゃ小競り合いをして、口も聞かねェツラも合わさねェなんてこともあったが、それでも俺たちは上手くやれていた。そんな日々がずっと続くと思ってた。


『もうお前の顔なんか、見たくねーんだよ、二度と吉原に足を踏み入れるな』

『男の浮気の一つや二つ、大目に見てくれよ』

『金輪際、二度と私の前に現れるな!』


何であの時、ちゃんと真実を言えなかったんだろーな。ま、どっちに転んでも怒鳴られんのはわかっていたが、浮気で通すよりもボラギノール入れてもらったという事実をありのまま話していたら、もしかしたら今もアイツは、俺だけに笑顔を向けていたかもしれねェ。初めて見るアイツの涙に、俺はそれ以上弁解することもせずに、アイツの前から姿を消した。気の強いアイツの涙は、自分の行動の愚かさを実感するにゃ、十分すぎるほどの材料だった。暫くして何度となく頭を下げたが、アイツはもう首を縦に振ってくれることはなかった。今でこそ普通に顔を合わせてくれるが、あの当時は酷かったんだぜ?容赦なくクナイを投げつけてくるわ、夜王の元に連れてかれそうになるわ、散々な対応をされたってもんだ。まァな、自業自得だってのは重々承知だ。俺ももういい年の大人だ、どんな形であれアイツが俺に笑いかけてくれるなら、元サヤになんて戻らなくてもいいって思ってた。


『好きなのかもしれない』


ずっとなくならないと思っていた存在が、突然遠くに行ってしまう感覚に、俺は心底焦りを感じていた。俺のモノにならないなら、誰のモノにもならないでいてくれりゃ、安心だったってのに。何でよりにもよって、あのバカ侍なんだよ。ヤローは何で俺が手を伸ばすモンばっか、横から掻っ攫っていくんだ。度重なるジャンプ争奪戦で、もうツラも見たくねェってのに。ジャンプだけじゃ飽き足らず、今度は俺の一番大切なモンまで、盗ってくつもりなのかい。マジで俺、何か恨まれるようなことしたかね。


「全部、やり直せりゃいいのにな」

「…え?」

「初めて会った日から、全部。やり直せりゃいいのに」

「…何、」

「そうすりゃ、お前さんを泣かせることも、悲しませることも、…しねェのに」


酔いに任せて吐いたセリフに、アイツは目を見開いていた。その瞳から逃げるように背を向けて、俺は吉原の町を後にした。…俺は好きな女の幸せを他の男に託せるほど、出来た男じゃねェ。自分の好きな女は、この手で幸せにしてやりてェんだ。

…この先一生ジャンプはテメーに譲るから、なまえの手だけは離しちゃくれねェか、…なんてな。





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