Ichika -carré- | ナノ


▼ 吉原に咲く一輪の花はアイツ 1/3 side服部全蔵



ここは言わずと知れた遊郭街 吉原桃源郷。
昼も夜も構わずその町を彩る遊女達、品定めするように町を歩く野郎共で賑わう大人の遊び場のこの町には、遊女に負けず劣らず周りの人間を彩らせる一人の女がいる。ひのやで茶を啜る俺に気付いたそいつは、眉を下げてふっと呆れたように笑って相棒と二人、こちらに近づいてくる。


「全蔵、お前は本当に暇なヤローだな」

「仕事のついでにお前さんの顔を拝みにきたんだよ」

「ぬしもそろそろ定職についたらどうじゃ」

「んじゃ、吉原で雇ってくれねェか?」

「やだよ、痔忍者なんてめんどくさい」


べーと悪戯に舌を出すなまえは、お頭と飯でも食いにきたんだろう。徐に俺の前の長椅子に腰をかければ、こちらに顔を出す日輪さんに団子を頼んでいる。そんななまえの横顔をぼんやりと見つめていれば、じっとこちらを睨むお頭の視線に気付いて小さく笑った。


「見るのくらいはタダだろう?」

「ぬしの視線には下心がありんす」


知っての通り、こいつは俺の元カノだ。何度となく復縁を迫ったものの、全く相手にされず今は良き友人として割といい関係を築いているつもりだ。本当ならば力ずくでも取り戻してェほどいい女なのはわかっているのだが、そうもできねェ事情があるワケで。



「オイッ!テメーら何でまた俺に内緒で密会してんだァァァ!!!」

「…ったく、お前も暇だな、銀時」


眉を釣り上げながらこちらに駆け寄る銀髪の男。この男こそがなまえの今の彼氏であり、俺のライバル、坂田銀時。クダを巻くヤローに絡まれてもしっしっとめんどくさそうにあしらうなまえも心なしか先ほどより表情が柔らかくなった気がする。


「オイイボ忍者、オメーいつまで人の女にちょっかい出してんだよ!しつけーにも程があんだろ!」

「俺ァ諦めるつもりはねェさ、破局待ちってワケだよ」

「あァ!?破局なんてしないかんね!絶対お前になんか渡さないかんね!」

「銀時、わかったから、お前仕事はどーした」

「…ん!?あ、あぁ、今日はアレだよ、…定休日」

「ぬし先週も半分以上定休日だと言って吉原に入り浸っていなかったか」

「ギクッ」

「…こりゃ破局が現実になんのもそう遠くはねェかもなァ」


呆れた顔をするなまえとお頭、俺の言葉に顔面蒼白するジャンプ侍。もう嫌という程に見慣れたメンバーだが、以前よりもいい空気が流れているように感じる。なまえの記憶喪失事件が解決して3ヶ月。俺がなまえにちょっかいを出すのも、それをジャンプ侍が咎めるのも、なまえが俺らを適当にあしらうのも、お頭がそれを呆れながら見守るのも、いつものことだ。それでも不思議と嫌な空気になることは一度もなかった。…何故かって?


「銀時、お前も団子食うの」

「お前の奢りなら」

「ぬしはプライドやら見栄やらをどこかに忘れているようじゃな」

「なァなまえ、こんな穀潰しのどこがいんだよ」

「それは私も思うわ」

「穀潰しは言い過ぎだろうが!」

「事実でありんす」


俺はなまえが好きだ。そしてお頭もなまえを好きで、家族として心底大切にしているのが俺にもわかる。そんな大切ななまえが見ているのは、俺ら以上になまえを愛し、なまえを大切にしているこの坂田銀時、ただ一人。


「あ、銀時、みたらし一口ちょーだい」

「んじゃお前のこしあん食べちゃお」


この男の存在で、なまえが笑顔になれていると、俺もお頭もわかっている。俺たちだけじゃねェ。この町の人間は皆なまえを好いている。皆こいつの笑顔に励まされている。その笑顔を絶やさずに咲かせてくれるこの男に、俺とお頭はなまえの人生を任せることを決めたのだ。


「…全蔵、何ぼーっとしてんの」

「イボ忍者、お前まさかと思うけど視姦してただろ、殺すぞ!?」

「してねェよ、お前と一緒にするんじゃねェ!!!」

「ぬしらこんな時間から大きな声を出すのはやめなんし」


と、まァ腹立つことも多いのだが、それでもこの仲を引き裂くなんて少しも考えられそうにない。自身の栄養を自分の大切なものの為にひたすら与え続けていたなまえが、ようやく自分自身を咲かすことを覚えた。月の光と太陽の光を栄養に、見違えるほどに綺麗に咲き誇るこの一輪の花。それによってもたらす周囲への影響は尋常ではない。空気が一気に華やいで、明るく彩り出すのだ。そして決してその花が枯れないようにと、俺たちは見守ることしかできそうにない。

真っ暗闇の中から這い上がり、人の為に生き、人の為に身を犠牲にしてようやく一人の女として生きることを知ったこいつを。遊女たちに負けず劣らず可憐で逞しく咲き誇るこいつを一番近くで見ているのは、決して自分でなくていい。こいつの咲かし方を一番よくわかっているこの男の隣でなら、なまえはきっと永遠に咲き続けられるだろうとわかっているから。

吉原に咲くこの一輪の花を、大切に育ててくれると信じているから。




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