Ichika -carré- | ナノ


▼ 弱虫の私と後押しするアイツ 1/2




「…ぜん、ぞ…わたし、…私……っ」

「その様子じゃ何もかも、思い出したんだな」


何を言えばいいのかわからない。ボロボロと涙を流しながらただ全蔵を見上げたまま肯定も否定もしない私の頭にぽんと手を乗せて、地べたに座り込む私の傍に腰を下ろした全蔵はやれやれといったようにふう、とため息をついた。


「先に言っとくけどな。俺もお頭もお前がこうなって心配こそしたが、迷惑をかけられたなんて思っちゃいねェ」

「…っ」

「それは、アイツも同じだ」


全蔵の差す「アイツ」が誰なのか、嫌という程理解している私の心臓がまた締め付けられたように軋み出す。何も言わない私に視線を移して全蔵は無意味に手の平を握ったり開いたりを繰り返した。


「全蔵、…ごめ、なさい…私、またお前を、巻き込んで…」

「んなこと気にするなよ。お前に振り回されるのは慣れっこだ」

「…でも、」

「それより、なまえ。アイツに会いに行かねェのか」


気を使う様子もなく核心を突いてくる全蔵に、私はまた言葉を詰まらせた。何をどう話せばいいのかわからずにそのまま私は口を噤んでしまう。だが黙っていては何も解決はしない。鼻をすすりながら小さく呟いた。


「……会いたいよ。…でも、会うのが怖い」

「…」

「…こうなる前、私は銀時に距離を置こうって言われたの」

「…」

「私が汚い女だから、きっと愛想が尽きたんだろうね。…そりゃそーだよね。何年も地雷亜に手篭めにされててさ、その上、知らねー野郎どもにあちこちいじられた女なんて…わざわざ選ぶ理由なんてねーよ」


落ち着きを取り戻しながら一言一言紡ぐ私の言葉を全蔵は黙って聞き入っていた。結局記憶を取り戻したところで、記憶を失う前と状況が変わったわけではない。私が汚いという事実も、銀時が私の元から去っていったという事実も、何も変わることはない。結局その現実から私はただ逃げただけ。また私の瞳にじんわりと涙が浮かぶ。


「んじゃ、俺と付き合うのか」

「……嫌」

「…あ、それは嫌なんだ」

「…結局記憶が戻ったって、銀時との関係が戻るわけじゃない」

「…」

「それなら、ずっと忘れてた方が、…」

「なまえ、それ以上つまらねェこと言うと怒るぞ」


小さくそう呟いた私を咎めるように遮った全蔵は、冗談ではないような表情で私を見つめた。…わかっている。私だってそんなこと本気で思っているわけじゃない。だけど私は私自身がなぜ銀時のことを忘れようとしたのか、嫌という程理解している。


「…私、今までずっと自分のことを強い人間だと思ってた。何をされようが、どれだけ傷つけられようが、少しも嫌だなんて思ったことなかった。吉原の自警団をまとめる人間ならそれくらいの力量がなくちゃダメだって、…それが生きる為に必要なことなら、受け入れるべきだとすら思ってた」

「…」

「だけど…私、変わっちゃったんだね」

「…」

「銀時を悲しませることもしたくなくて、だけど自分の心が傷つくことにも耐えられなくなってて」

「…」

「いつの間にか、私すっかり弱虫になっちゃったんだね」


…こんな弱い心じゃ私は銀時を笑顔にしてあげることなんてできるわけない。
そう付け足せばまたボロボロと頬を伝う涙を必死に拭った。会いたい。本当は今すぐにでも会いに行きたい。だけど銀時はもう既に私の手を離しているんだ。あの日私がどれだけ泣いて縋っても、もう銀時はこちらを向いてくれることはなかった。最後に思い出される銀時の悲しげな瞳が、瞼の裏に焼き付いて離れない。全蔵は涙を流す私を振り返って、少しだけ困ったように笑って、ポツリポツリと話し出した。




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