▼ 遠ざかるアイツ 1/3 side坂田銀時
不意に俺の目の前に現れたのは、何度見てきたかわからない、それでも何度見ても飽きることのない屈託無い笑顔。小さな悩みなんて吹き飛ばしてくれそうな、青空みてェな不思議な笑顔。
『ねぇ銀時』
呆れたように笑いながら俺に手を差し伸べる女に、俺もつられて手を伸ばしているのに、一向にその手に触れることができない。その細い腕を掴もうと必死になって手を伸ばしても、どんどんと遠くなる俺の大好きな、笑顔。
『もう嫌になった?』
笑顔も声のトーンも崩すことなくそう俺に笑いかける女に俺は必死に首を振った。違う、そんなわけねェだろ。俺はいつだってお前が、…お前だけが。
『どちらさん?』
俺がお前を抱かなかったから、距離を置こうなんて言ったから、お前は俺のことを忘れちまったのか。お前の気持ちに気付いてやれなかった俺を、お前をどん底まで傷つけちまった俺を、恨んでいるのか。俺は必死にその笑顔に向かって走った。それなのに、俺はお前に触れることができない。すぐ目の前にいるお前を、抱きしめることができない。
…なァ、なまえ、お前は本当に俺を置いていくつもりなのかよ。
・・・・
「……なまえっ!!!」
バチっと瞼を開いた俺の視界には、先ほどまであったはずのなまえの笑顔。…なワケもなく、心配そうに俺を覗き込む神楽と新八、そして定春の顔があった。思わず起き上がって辺りを見渡してもなまえの姿などあるはずもなかった。額に手を当てれば尋常じゃないほどの汗。……嗚呼、なんだ、夢か。
「銀さん大丈夫ですか?魘されてましたけど」
「嫌な夢みたアルか?なまえが定春に食べられる夢でもみたアルか?」
「……いや、…あァ、…そうだったかな…」
どうやら先ほどなまえの名前を叫んだのは夢ではなかったらしい。ここのところ毎日同じ夢を見る。決まってなまえは笑っていて、決まって俺から遠ざかるなまえを必死に追いかける夢。まさか昼寝しているときにまで見るとは思わなかった。気まずさに後頭部を掻きながら曖昧に笑う俺に、二人はまた心配そうな表情を浮かべた。
「…まだなまえと仲直りしてないアルか?銀ちゃん男のくせに心狭いアルな」
「そうですよ!しかも夢で名前まで呼んで。何があったか知りませんけど、早く仲直りしたらどうですか」
あれからもうすぐ二週間が経つ。めっきり外出が減った俺は二人に怪しまれないようにとなまえと喧嘩したと適当な言い訳をつけて追及を避けてきた。本当のことを知ればきっと二人は悲しむだろう。いつかはバレてしまうことだとは言え、今俺の口からその事実を話せるほど俺自身気力が余ってはいなかった。俺を咎める二人に反論する気力すらも。
不意に室内に響き渡る電話のベル。俺は立ち上がり受話器を取れば、相手は一方的に用件を言うなりすぐに電話を切った。黙って玄関へと向かった俺はこちらを覗く二人に何とか笑いかけた。
「ちょっと出てくる」
二人はどこに?と声を上げているが、その言葉に何も返すことなく、電話口の相手の指定する場所へと向かった。
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