▼ 夢の中の知らないアイツ 1/2
気がつくと、辺りは真っ暗闇に包まれている。
ここがどこなのか、先ほどまで自分が何をしていたのか、何もわからない。
ただ何となく、何かを探していたような気がする。もちろんそれが何なのかも、本当に探し物をしていたのかすらも、定かではない。
不意に頬に当たる何かに思わず顔をあげれば、真っ暗闇の正体は空を覆い尽くさんとする雨雲だった。そして頬に当たった何かは、大粒の雨。
それを認識するなり体がびしょ濡れなことに気付いた。肌寒い。私は何をしているんだろうか。容赦無く身体に打ち付ける雨のせいか、寒くて手足がかじかんで、今すぐにでもここを駆け出したい。それなのに身体は少しも動いてはくれない。声を上げたいのに、助けてって、叫びたいのに。声を出すこともままならなくて、私は心の底から絶望している。いつからこうしているんだろう。そしていつまでこうしているんだろう。わからない。何も、…私が誰なのかも、もう。
『・・・、・・』
気が付くと私が立ち尽くす斜め前辺り、こちらを振り返り私に手を差し伸べている人がいる。顔はわからない。何か言っているように聞こえるが、その声もまた聞き取ることはできない。と、同時に先ほどまで固まったように動かなかった身体が、不意に自由になって私は迷わずその手に自身の手を伸ばした。
その手を握れば、先ほどまであんなにも寒くて凍えそうだった身体が、心が、暖かくなって行くのを感じた。
…嗚呼、そうだ、私は…。
・・・・・
「って夢を見るの!それも毎日!!」
「…」
「誰かもわかんねーし!ねぇ、怖くない!?」
団子を片手に向かいに座る月詠と日輪に真剣な顔を向けるも、二人は少しだけ眉を下げて何だか読み取りにくい表情をしている。あれ、私話長かったかな!?
「…それでぬしはその夢の中で何を探していたのか、わかりんしたか」
「いやそれがわかんねーの!いつも最後は安心したよーな気持ちになるから、何かしらわかってんじゃない?夢の中の私は」
「…そう」
「…えっ、なにその反応。私何か呪われてる?」
「違うと思うよ。…それにしても不思議な夢ね」
日輪が小さく呟くと二人は顔を合わせてまた何とも言えない表情を浮かべ合っている。え、何。マジで?何かヤバい夢なの?何なの!?怖いんですけど!?!
「ところでぬし、携帯はいつ修理から戻ってくるんじゃ」
「全蔵曰くあと半月はかかるって。人気の機種らしくって部品の在庫がないんだと。…私は別に新しいのでいいっつったんだけどさ」
「ダメよ!中身のデータがなくなっちゃうじゃないの」
「そーそー、全蔵もそうやっていうんだよ。別にまた写真なんて撮り直しゃいーのにさ」
「わっちも服部の意見に賛成じゃ。せっかくわっちとも撮った写真がたくさんありんす。どうせなら直してもらいなんし」
「別にあんま使うことないけど不便だよ、ったく。何で真っ二つに折れてたんだろ」
短気で感情的な性格をしているのは自覚しているが、物に当たったりするようなタイプではないと思っていたけど。酔っ払って間違えて壊しちゃったのかな。…ダメだ、全然思い出せない。また頭痛くなってきた。思わず眉を顰め額に手を当てると慌てて月詠が駆け寄ってきた。
「どうした、また頭が痛むのか」
「何か最近本当記憶力がなくなってきた気がする。大して時間経ってないはずなのに全然思い出せなくて…」
「人はそういう生き物じゃ。何もかもを記憶するなどできるわけありんせん」
「まぁ、そうだけど」
「……大切なことだけ覚えておけば、いいのだから…」
眉を下げて心底悲しそうな表情をする月詠、後ろでは日輪が困ったように笑っている。
「安心しな、お前らのことは嫌でも忘れてやんねーから」
何となく、月詠は私の言葉に柔らかく笑ってくれると思っていた。だが実際は変わらずに視線を落としたまま「…そうじゃな」と小さく呟いただけだった。そんな月詠に少しだけ違和感を感じながらも、それからはいつも通り笑ってくれる月詠に、そんな違和感も気付けば忘れてしまっていた。
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