▼ 笑わないアイツ 1/2
あれから全蔵が奉行所のやつらを呼び、その場にいた清猫組の連中はしょっ引くや否や、出てくる余罪の数々。溝鼠組、清猫組と二大勢力だったはずの片方が非道下劣な極悪連中だったことに一般市民よりも溝鼠組の方が驚いているらしいから不思議で仕方がない。私から言わせれば溝鼠組も大差はないと思うのだが。
一方で銀時に連れられ吉原に戻った私は、迎えた月詠に適当に暴漢に襲われたと咄嗟に嘘をついてしまった。
「全然大したことないから、泣くなよ」
「…ぬしともあろうものが、ここまでやられるとはとんだ手練れだったのか?相手はどうなったんじゃ」
「ちゃんとしょっ引かれたから、安心して」
「ぬしは無茶をしすぎなんじゃ…」
まさか月詠を護るために、なんて言ってしまえば月詠はまた自責の念にかられてしまうだろう。余計な心配は避けたかった。せっかく一緒に選んでくれた浴衣も泥だらけになっている。それを見て更に月詠はしょんぼりと落ち込んだ。
あまりの怪我の具合に一週間ほど療養のために休暇を取ることになった私だったが、如何せんあちこちが痣だらけでその上顔の腫れも収まりそうになく、結局大人しく家で床につくことしかできなかった。夜になれば銀時は毎晩泊まりにくるようになったものの「お前仕事は?」なんて疑問も軽く聞けないほど、この数日銀時は口数が少なかった。それどころか、前はあれほどウザがっても止めることのなかった馴れ合いを、少しもしようとはしないのだ。身体を気遣ってくれているのか。それだけだったら、私はきっと何も言わなかった。だけど、言い知れぬ不安が毎晩私を襲った。7日目、要するに療養休暇の最終日。私に背を向けて眠る銀時の背中に、自身の手のひらを静かに当てた。
「…ねぇ、銀時」
「…」
「起きてんだろ、シカトすんなよ」
「…何だよ」
この数日、ずっとこの調子だ。私が話しかけてもどこか不機嫌そうな、何ともつっけんどんな反応を返す銀時に私は負けじと銀時の寝間着をぎゅっと掴んだ。
「ねぇ、なんかあったの」
「…何もねェよ」
「嘘、じゃあ何なの。おかしいよ、ここ数日」
「おかしくなんかねェよ」
そう言いながらも、私に背を向けたままこちらを振り向くことすらしない。寝るときはいつも腕枕してくれてたくせに。暑苦しいぐらいに私のこといっぱいまで抱き寄せて、あんなにぴったりくっついて眠っていたくせに。震えそうになる手をぎゅっと握りしめて、私は浮かんでいた疑問を小さく絞り出した。
「……あ、…ないの」
「何、聞こえねェよ」
「…じゃあ、何で抱いてくれないの…?」
震える手を握りしめても、声は随分と正直で。自分でも笑っちゃうほどに震えてしまっていた。こんな質問、いつもだったら「何、溜まってんの?好きだね〜ホント」なんていやらしさ全開の笑顔を向けてくるはずなのに。相変わらず私に背を向けたまま何も言わない銀時に、私は浮かんでいた疑問が確信に変わりかけた。
「…何で、何も言わないの」
「…」
「あんなことがあったから?気遣ってくれてんの?」
「別にそういうんじゃ…」
「じゃあ何?他の男に触られたから?だからもう嫌になった?」
「そういうんじゃねェって」
煮えきれない態度の銀時に痺れを切らして、起き上がった私は銀時の肩を掴み仰向けにさせその上に覆い被さった。暗闇の中、私を捉える銀時の瞳が何を考えているかなんて、少しもわからない。
「じゃあ、何で……っ」
頬を伝うことなく私の瞳から溢れる涙は、目下の銀時の頬を伝って流れ落ちる。銀時が触ってくれないと、いつまで経っても消えないの。あの下卑た男どもの顔が、指が、舌が。何もかもが、私から消えてくれない。あんなにあの時は心を殺せていたのに、銀時の顔を見てから身体があの男たちに蝕まられる気がして、おかしくなりそうになる。私は、銀時じゃなきゃ嫌なのに。銀時にだったら、何をされても少しも嫌じゃないのに。私の涙を見ても、銀時の瞳は少しも揺れることはない。歪む視界の中、心が消えてしまいそうになる。
「ねぇ、銀時、抱いてよ…、…抱いてよっ!!!!」
私に触れた穢れを、全部洗い流してよ。そんな顔で私を見ないで。何でそんな顔をするの。何でそんな悲しそうな目で私を見るの。
「…今のお前を、抱くことはできねェ」
見下ろしていた銀時は変わらず悲しそうな瞳で、それでも真剣な眼差しで私を見据えながら、そうはっきりと呟いた。
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