Ichika -carré- | ナノ


▼ 綻び出す私とアイツ 1/3



暑い。暑苦しい。ほぼ裸同然の格好にさせられておきながら、この狭い密室空間で数人の男に囲まれていては室温が上がるのも仕方がないこと。地面に転がる私は、じっとりと汗をかいた身体に眉を顰めながら傍のパイプ椅子に座る猫田を睨みつけた。


「ねぇ暑いんだけど。何か飲み物ちょーだい」

「…随分と悠長なことを言っておられる。これから身売りされる身だというのに」

「身売りされよーがその先から逃げてくればいいだけだし。どう足掻いても売られることに変わりはなさそーだからね」

「本当に肝が座っている方ですねぇ」


呆れたように笑う猫田に、心情を察せられないようにとこちらも眉を上げて笑い返した。まさか元御庭番の頭目がこちらに向かっているなんて少し思ってはいないだろう。だがそれに気付かれてしまえばまた事態は振り出しに戻ってしまう。どうにか全蔵がこちらに来るまで、この状況を持ちこたえなければならない。変に気を逆撫でするまいと、私は神経を尖らせていた。猫田に指示をされた下っ端が、ペットボトル片手に私の傍へとやってきた。


「頭、どうやって飲ませりゃいんですか。口移しでもしましょうか」

「バカを言うのはやめなさい。彼女は人質及び商品だ。傷をつけては価値が下がってしまう」


ほー、こりゃ助かるわ。意外とそういうところはちゃんとしてやがるんだな、なんて思って安心していた私は下っ端のバカが容赦なく顔に水をかけてくるもんだから、大きく咳をしながら何とかその水を受け止めた。こいつバカか!殺す気か!


「…時に副頭領さん。一つお伺いしたいことが」

「なんですかぁ」


相変わらず危機感もクソもない私にまた呆れたようなはたまた心底楽しそうな声で笑ってみせる猫田に、私はまた不快感を覚えた。なんか知らねーけどお前の笑い声腹立つなぁ、なんて言ってしまいそうになる言葉を飲み込んだ。危ない、危ない。なるべく穏便にこの空間をやり過ごさなければならない。…そう、思っていたのに。次の猫田の言葉が、私の心に小さな火が灯った気がした。


「背中のその傷、どうなさったんですか」


相変わらず張り付いたような笑顔で私を覗き込む猫田に、私の眉がピクリと動いた。こんな下衆に話す必要などどこにもない。話したところで理解が得られる話でも同情されるような話でもない。…不愉快だ。私は何も答えずに視線を天井に移した。


「…おや?何かお話しできないようなことなんですか」

「あんたにゃ関係のないことだ」


ふん、と鼻息を吐く私にずいっと猫田が顔を寄せた。相変わらず胸糞悪い笑顔のままで。ちらりと視線を移し、またすぐに天井を仰ぐ私の視界の端に猫田の僅かに苛立ったような表情が映った。


「…たまにいますよね」

「…?」


言っている意味がわからない。はぁ、もういい加減付き合ってられない。早く全蔵こないかな。このムカつく笑顔にクナイを打ち込んでくんないかなぁ。


「痛みでしか快感を得られない人間というのは。貴女もそのお一人だったんですね」

「…」

「見た目によらず、随分な性癖をお持ちなんですねぇ。さすがは吉原の女と言うべきか」


次の瞬間私は猫田を睨みつけ、その張り付いた笑顔に向けて唾を吐きかけた。


「テメェに話すことなんかねェっつってんだろーが。黙ってろクソピエロ野郎」


どれだけ私を侮辱しようと構いやしない。だが、この傷だけは。私と月詠が背負ってきたこの過去だけは、どんなやつであろうと嘲笑われる筋合いはない。暗に私たちの過去を踏み躙られた気がして、湧き上がる怒りを抑えることができない。と、猫田の表情から見る見る笑みが消えていったかと思えば、くわっと細い目をかっ開いて私の首元を両手で絞め出した。


「…っ…う…」

「お前誰に口聞いてんだ?遊女の分際で、この俺に唾を吐くだと?商品だからと手荒な真似をするつもりはなかったが、気が変わった。所詮吉原の女だ、どうせ生娘でないことはわかっているからな」


私の首元から手を離した猫田を尻目に、私は大きく咳き込んだ。猫田は連中におい、と声をかけて私の腹を思い切り蹴り上げた。


「この女は顔だけで売れるようなものだ。今更こんな汚い身体をいくら傷つけようと価値が下がることはあるまい。お前ら、この女狐の身体好きにするがいい」


猫田の言葉に顔を合わせながらも我先にと私の元に駆け寄る野郎共に私は心の中で自身に悪態をついた。何したんだ私。何自分で状況悪化させちまってんだ、私のバカ野郎。…それでも許せなかった。何が痛みでしか快感を得られないだ。私たちが背負ってきた暗い過去を笑うなど到底許せなかった。どれほどまでに辛く苦しい日々だったか。どれだけ私と月詠があの日々に耐えてきたか。そんなことを知る由もない野郎に笑う権利などありはしない。こんな下衆野郎があの日々を揶揄する権利なんてありはしないんだ。

…それでも私は下卑た笑みで私を見下ろす数人の男を、睨みつけることしかできなかった。月詠。結局いつまで経ってもこんな形でしか護ることしかできない私を、お前は怒るかな。





prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -