▼ 気の利くアイツ 1/2
銀時と全蔵が入れ替わるというとんでもイベントが無事に解決してから早一週間。私は銀時と約束をしていた夏祭りに行くため月詠に声をかけて、地上に上がり万事屋へと向かっていた。前日あれやこれやと勧められるがまま購入した浴衣が普段の着物より動きづらくて敵わない。やっぱりもっとスリットが入ってるのが好きなんだよなぁ。そんなことを思いながらパチンと携帯を開けば、約束していた時間が迫っている。少し狭いけど裏道回った方が早いかな、なんて思った私は少し大通りから外れた細い道に向かった。人気の少ない道をぱたぱたと急ぎ足で駆けていたとき、不意に人の気配を感じた。それも、数人。
「……誰」
思わず立ち止まった私は周囲を見渡せば、物陰から現れたのは見るからにタチの悪そうな4.5人の野郎共。…ったくチンピラめ、ナンパでもするつもりなのか。下卑た笑みを浮かべるチンピラ連中の中から一人偉そうな男がニヤリと微笑みながら私に近寄った。
「お嬢さん、こんなお急ぎでどこへ行くんですか」
「祭り行くんだよ、見りゃわかんだろ。急いでんの、ナンパとかなら他あたってくんない」
どいたどいた、と連中をかき分けて先を急ごうとする私の腕を、その偉そうな男がガシッと掴んだ。あからさまに眉を顰めてそいつを見上げれば、その男はもう一度ニカっと笑顔を作った。
「僕たちは貴女に用事があるんですよ、…百華の副頭領さん」
「…!」
何で私を。考えるより先に太ももに手を這わせた私は、普段あるはずの隠し持っているクナイがないことに気付いてその男の腕を振り払おうとしたとき、背後から何かを口元に当てられた。抵抗も虚しくどんどん遠のく意識の中、私の頭に最後に浮かんだのは、ただ一人。
「……ぎん、とき…」
その言葉を最後に私の意識は闇の中へと落ちていった。
・・・・・・
「……ん…」
ぼんやりと意識を取り戻し、瞼を開けた先はコンクリートの天井。しばらく何が起きたのか理解ができずにその灰色の天井を見つめていた。…何、ここ。あれ、私、祭りは…?…あーそうだ、何か野郎に絡まれて、それで…。
「目が覚めました?」
突然聞こえてきた声の方へゆっくり顔を向けると、そういえば先ほど絡まれた何だか偉そうな男とそのお仲間連中。そいつが私を見つめて気に食わない笑みを浮かべている。そうか、拐われたのか。…めんどくせーことになったなぁ。なんて冷静に思っていた頭も、不意に肌に感じた冷たさを理解するなり少しだけ焦り始めた。…縛られてるのはいいとする。お決まりだからな。だからって何で下着姿なんだよ。殺すぞこいつら!
「…何なの、何が目的なの」
「やはり百華の副頭領となるとご理解が早いですね、肝も座っていらっしゃる。いやはや感服致します」
「そーいうのいいから。誰なの?何なの?何がしたいの?私なんか捉えたって別にいいことないと思うけど」
「これは失礼しました。私、清猫組の組長を務めさせていただいてます、猫田と申します。」
「…清猫組ぃ?…極道もんか」
「よくご存知で」
職業柄こういった類の連中と揉めることはよくあることだ。その中でもよく聞く名は溝鼠組、そしてこいつら清猫組。だが溝鼠組と違い、清猫組は極道モンにしては割とクリーンな仕事ばかりしていると聞いていたのだが。身じろぎをしようにも、結構頑丈に縛られた縄のせいで少しも自由が効かない。思わず小さく舌打ちをした。
「…副頭領さん、この顔に見覚えは?」
ニヤッと笑顔を作ったその猫田とやらがお仲間の中を指差した。そうして指を指された一人の男。物凄い形相で私を睨みつけている。…が、見覚えはない。
「さァ?知らない」
「んだとテメー!!!俺の顔忘れやがったのか!?」
「ごめん、私あんまり人のこと覚えらんないんだよね、特徴ないやつだと特に」
「ふざけんじゃねェ!人の金玉踏み潰しといてよくそんなことが言えるな!!」
……金玉?踏み潰す?何のことだ?…………あぁ〜、なんかそんなこともあった気がするようなしないような。「#05読み返してみろ!クソアマ!」と喚くその男。思い出した。金を払わずにトンズラしよーとしてた野郎だ。つーかこいつ極道もんだったんだ。あまりに雑魚すぎてそんな可能性少しも感じてなかったわ。
「わかったわかった、それで?だからなんだっていうの」
「それがですね、副頭領さん。この金田はその時の影響で一つ玉が使い物にならなくなってしまったんですよ」
「…いや、お前がわりーんじゃん。鳳仙がいなくなったのをいいことにくだらねェことしやがって」
「せめてもの治療費を頂かないことには、怒りが収まらないといっているんですよ」
「……わかったわかった、払うか…」
「3000万」
……は?
ちょっと待って、うん?今何つった?
「治療費を含めた慰謝料として、貴女…いえ百華に3000万を要求します。その人質が貴女というわけです」
「3000万なんて金ねーよ、バカじゃねーの」
「ご謙遜を。あれほどの大きな遊郭。その自警団ともあらば、容易くご用意できるでしょうよ」
またもや不愉快な笑みを浮かべながら私を見下ろす猫田をきつく睨みつけた。曲がりなりにもヤクザってわけか。慰謝料なんて名ばかりのただの身代金だ。確かにそれほどの額、集めようと思えばすぐに集まるだろう。だが相手はヤクザ。そう簡単にことが済むとは思えない。
「仮に3000万が目的だったとして、私がこんな格好させられてる理由が結びつかねーんだけど」
「…ぷっ、あっはっはっは」
「…何が可笑しい」
「さすがですね、着眼点がよろしいようで。そうです。貴女を拐ったのにはわけがあります。一つは3000万を頂くことの人質として。そしてもう一つは…」
「…」
「貴女を他の星に売り飛ばすのが目的です」
ぴんと指を立てて何やら楽しそうに言ってのける猫田に私の眉の皺が更に深くなった。…売り飛ばすとは。3000万が目的というわけではないのか?私の疑問を見透かすように、猫田はふっと笑顔を消した顔で私を覗き込んだ。
「私たちも極道者です。舐められたまま、はいそうですかというわけにはいきますまい」
「そんなバカげた話乗るやつがどこにいんだよ。頭おかしんじゃねーの」
「いえ、貴女にはこの話を断る選択肢はないはず。仮にそんなことがあったとしたら、…」
「…!」
「彼女が貴女の代わりに死にに行くこととなる」
その男が懐から出した一枚の写真。そこに写っているのは、私と……月詠。いつから目をつけていたんだ、クソ野郎。最初からそれが狙いだったのだろう。月詠を引き合いに出せば、私が断れるはずもないと、最初から踏んでいたのだろう。私はぐっと下唇を噛んだ。と、そのとき清猫組の連中の中からけたたましい着信音が響き渡った。
「頭、この女の携帯電話です!」
「電話ですか」
「あ、ねぇ、それなんて書いてある?誰からの着信?」
「そんなこと貴女には関係のない…」
「いや、今日集金日なんだよ!金の管理してるやつから大体このくらいの時間に電話がかかってくんだ!」
「…ほう、なるほど。それなら出てください。念のためスピーカーにさせていただきますよ」
清猫組の一人が猫田に携帯電話を渡して、猫田は私に液晶を見せてきた。思ってた相手とは違うが、仕方がない。むしろこいつの方がどうにかしてくれるかもしれない。通話ボタンとスピーカーボタンを押したのを見逃さず、相手の声より先に私は大きく声を上げた。頼む、気付いてくれ…。
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