Ichika -carré- | ナノ


▼ 甘い香りに惑うアイツ 愛染香篇 1/3



「ぶえっくしょい!」


それはそれは気持ちよく寝ていたある日の朝のことだった。昨夜くる予定だったはずの銀時の姿は見えず、久しぶりに一人で時間を気にせずに眠れると思っていたというのに、ここ最近は共に寝ることが多くなったせいか、一人で眠るには少し肌寒い。くしゃみをしたとほぼ同時くらいに、携帯の着信音が鳴り響いて、渋々手を伸ばし電話を取った。


「只今夢の中のため電話に出ることができません!!起きたらかけ直…」

『なまえ!いつまで寝てるの!さっさと準備してひのやまできて!早く!』

「…日輪ぁ、私今日は非番なんだけど…」

『ちょっとややこしいことになっちゃって…電話じゃ何だから、とにかく今すぐきてちょうだい!』

「つーか、ちょっと風邪気味なんですけど…」


私の言葉を無視して慌しく電話を切った日輪は、珍しく動揺しているような、本当に困っているようなそんな声色だった。今日は昨夜から月詠が仕切っているはずだというのに、わざわざ私に電話をかけてくるなんて、よっぽどのことがあったのか。もしくは月詠の身に何かが?鼻水をすすりながら重たい身体を起こして、簡単に支度を終わらせた私は、言われた通りにひのやへと向かった。


-------



ひのやにたどり着いて、奥の部屋の戸を引いた私の目に飛び込んできたのは、床に着く一人の女の姿、それを囲うようにして座る銀時、日輪、そして神楽と新八の姿。そして何故か部屋の角で正座をする月詠。私はその異様な光景に首を傾げるも、床についている女を認識するなり、駆け寄った。


「螢…?こいつこんなとこで何してんだ、何かあったのか?つーか月詠、お前そんなとこで何してんだ」


日輪に疑問を投げかけるも、曖昧に笑ってみせるだけで何も返事は返ってこない。それは新八も神楽も同じだった。次に視線を移した銀時の手が摘んでいるモノを目にして、私は思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。


「銀時、何持ってんだ」

「あのね、なまえ…」


昨晩の出来事を掻い摘んで日輪が語り出した。遊女の売上金を持った客と駆け落ちをしようとしていた螢を見つけ、月詠たちが問い詰めると、螢はその客に変なお香を嗅がされてから、その客を好きになってしまった。そしてこのような愚行を働くことになってしまったと。そのお香を嗅いでから最初に目に入ったものを好きになってしまう、惚れ薬なのかもしれない。螢はそう言ったそうだ。そしてその時、その客の懐から、その変なお香とやらが転げ落ちた。運悪く煙管の火種がそこに落ちて、月詠はそのお香を嗅いでしまった。…そしてその月詠が最初に目にしたものは。


「……お前か、銀時」

「…らしーな」


チラリと月詠に視線を送ると、それに気付いた月詠は大きくかぶりを振って否定をしている。だが、その顔は真っ赤に染まっていて、全く欠片も説得力がない。


「月詠、こっちこいよ。どーにかその、愛染香とやらを根絶やしにする作戦会議するんじゃないの」

「そ、そうじゃな、それがいい」


フラフラと立ち上がった月詠は、私の横を軽快に通り過ぎて私と銀時との間に座り込んだ。それも顔を真っ赤に染めながら。…何だこいつちょっと可愛いな。


「…近くね?」

「じ…重要な作戦会議だから…」

「何で距離に反比例して声小さくなってんのよ!!」


銀時と日輪は困ったように月詠を咎めた後、すぐに私に視線を移した。私はその様子を眺めながら、思わず微笑んでしまった。


「…どうしよう、月詠ちゃん可愛いじゃん」

「言ってる場合か!!!」

「なまえ!わっちは何ともありんせん!こんなハナクソ伯爵、微塵も興味ありんせん!心配は無用じゃ!…無用、じゃ…」

「やだ照れてる、可愛い」

「だから言ってる場合か!!!!!」


地図を引っ張り出してきた月詠が、銀時との相合傘を書いたり、それを不本意そうにビリビリに破り捨てたり、すったもんだはあったものの、結局その愛染香を破棄しにいくことで話はついた。何度も私に頭をさげる月詠に「仕方ねーだろ、この惚れ薬のせいなんだから、気にすんな」と声をかけると、彼女は心底申し訳なさそうな顔をしながら、視線はしっかり銀時に向いていた。すげーな、惚れ薬。そして私と銀時は月詠に愛染香破棄の命を受け、リアカーに積んだ愛染香を運んでいた。


「すげーな、惚れ薬って。本当にあんなことになっちまうんだな」

「…いや、多分月詠の場合はそれだけじゃないと思うけど…」

「あ?なんか言ったか?」

「いや、何でもない。…ぶえっくしょい!!」


「何じゃ、ぬし風邪でも引いておるのか?」


聞こえるはずのない声が聞こえて、銀時と私は顔を見合わせた。振り返った先には愛染香を乗せた荷台に体育座りをする月詠。


「何やってんだてめェはァァァ!!」


「おりやがれ!」と銀時が月詠の腕を掴んだ瞬間、月詠は顔を真っ赤にして悲鳴を上げながら思い切り銀時を突き飛ばした。その衝撃でリアカーに積まれた愛染香が鰻屋の七輪へとぶち込まれてしまった。


「……あ」


もくもくと煙が上がる様を月詠と呆然と見上げながら、私はまた大きくくしゃみをした。こりゃ、面倒なことになりそーだ。




prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -