▼ 予想外のアイツ 1/1
「ハイ、これ」
「お、やっと俺んとこに戻ってくる気になったのか」
自身の長屋の屋根の上で、先日購入したチョコレートを手渡すと、全蔵はデレっと笑顔を浮かべた。ちげーよ、と私の肩に乗せられた手を払いその場に座り込むと、全蔵は私の横に立ち、ポンと私の頭に手を乗せた。
「意外と律儀な性格してるよな」
「意外と、ていうのが余計なんだけどねー」
「にしても、こんなあからさまな義理チョコもらったのは初めてだ」
ハート型のチョコレートが並ぶ中、目に付いた「いつもありがとう」という文字に、可愛らしいクマの絵柄。色合いはオレンジと黄色という一目で見ても義理だとわかるチョコレートをあえて選んだ。先ほどのように変な勘違いをさせないためにだ。
「そのクマ見たとき、あ、全蔵に似てるって思って。迷わず買った」
「似てるかァ?お前さんにゃこんな愛らしく見えてんのか」
「…そーかもね」
私はタイミングを伺っていた。銀時とのこと、そして全蔵に告げなければならない私の決意を、言い出すタイミングを伺っていた。明らかに口数が少ない私に、全蔵はきっと気付いている。私が言おうとしていること。私の性格を知り尽くしている、この男のことだ、きっと何もかも。
「全蔵」
「言うなよ」
「…でも」
「聞きたくねーよ」
「ぜん…っ」
「聞きたくねーって言ってるだろ!」
俯いていた私は、突然声を荒げた全蔵を咄嗟に見上げた。前髪から私を見下ろす瞳が覗いている。その憂いを帯びた瞳があまりにも切なげで、これ以上その瞳に見つめられたくなくて、またすぐに目線を落とした。
「ヤローとどうなろうと構わねェ、そんなのは時間の問題だからな」
「…」
「それでも、もう会えねェなんて言うなよ…」
俯いた私の目線の高さまで腰を下ろした全蔵は、私の顔を掴むと、その瞳を向けてきた。視線を泳がしたものの、あまりの真剣な表情に耐えかねてその瞳を見つめ返した。真っ直ぐな瞳が私を捉えるなり、じんわりと涙が浮かんだ。こんな反応が返ってくるなんて、全くの予想外だった。
「恋仲でなくたって構わねェ。俺にはな、なまえ、お前が必要なんだ」
「…全蔵」
「なァ、なまえ、頼むから会えねェなんていわないでくれよ…」
私はもう全蔵には会わないつもりだった。それは銀時のためにも、月詠のためにも、そして全蔵のためにも。それを告げれば、全蔵はきっとわかってくれると思っていた。しょーがねェな、なんて言ってもらえると思っていた。だけどそれは大きな大きな勘違いだった。
「なまえ」
消え入りそうな声でもう一度名前を呼ばれたところで、私は二、三度首を縦に振った。言えなかった。こんなにも哀しげな表情を向ける全蔵に、もう会わないなんて、言えるわけなかった。全蔵もまた、私の気持ちを知った上で、私の性格を知った上で、きっとこんな表情を向けてくるのだろう。
私は狡い人間だ。そしてお前も、狡い人間だ。
いつまでも温水に浸かっていられるほど、人生は甘くはなかった。
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