Ichika -carré- | ナノ


▼ 3/3



私が口を開くより早く、銀時は私から離れて腰を下ろした。つられて起き上がった私に、銀時は不機嫌な表情を向ける。


「何がそんなに不満なワケ」

「…」

「付き合うのも嫌、ヤりたくもねェ、でも好きって、何それ」


仰る通りだ。何も言い返せずに、私は俯いたまま押し黙る。折角最近は順調に仲良くしていたはずなのに、また私が原因でこんな雰囲気になってしまった。もう、本当に何してんだろう。


「銀時」

「…あ?」

「じゃあ、さ。…仮に付き合ったとして、何だかんだで楽しい毎日を送ってさ。いろんな思い出が出来て、幸せだなぁって思って」

「…」

「もし別れちゃったら、その思い出ってどうなると思う」

「…思い出?」


私は至極真面目な顔で銀時を見据えた。不機嫌そうな表情を浮かべていた銀時も、私の表情を見るなり、少し悩むような素振りをした。


「楽しかった毎日も、幸せだった思い出も、…別れちゃったら、何もかも嫌な記憶になる」

「…」

「大好きだった笑顔も、声も、何もかも。全て忘れたい記憶になる。出会わなければよかった、付き合わなければよかったって。そうすればそんな気持ちになることなんてなかったのにって」


私はまた目を伏せて、一人の男のことを思い浮かべていた。毎日楽しかった、毎日幸せだった。顔を見れば全てが満たされ、声に癒され、腕に抱かれ、心に愛されてきた。そんな毎日が続くと思っていた。それでも、そんなのはただのお伽噺。裏切られたとわかった瞬間、私たちの幸せな思い出たちは、全て燃えて灰になった。あんなに愛していたのに。顔を見れば憎しみが湧き、声を聞けば涙が溢れ、その存在全てが私を苦しめた。


「そんな関係になって、いつか終わっちゃうんなら、最初から一定の距離を保っていればいいって思ってた」

「…」

「でもそんな気持ちとは裏腹に、お前は結構グイグイくるし。…気が付けば、好きになってた。でも、それと同時に怖かった。またどれだけ愛し愛されても、また憎しみの対象になっちゃうんじゃないかって…」


伏せた瞳から、ポタリと雫が溢れた。そんなつもりなかったのに、一度溢れ出すと止まらない。私は絶えず流れる涙を親指で拭った。銀時は私を見つめながら、私の言葉に耳を傾けている。


「…銀時、私はお前を失うのが、怖い。こんなに好きな気持ちが、最終的に憎しみに変わってしまうかもしれないと思うと、…耐えられない」

「…」

「ずっとこの気持ちのままで、いたいんだよ…」


私はいつからかこんなにも、銀時のことを好きになっていた。こんなに暖かい気持ちになれたのは、どれくらい振りかわからない。それが消えて無くなってしまうのが、怖い。ずっとこの暖かい気持ちのまま、育んでいたい。そう呟いてもう一度銀時を見上げると、またいつものように呆れたような、なんとも言えない表情を浮かべていた。はぁ、とため息をついたかと思えば、優しく私を抱きしめた。


「あのさァ」

「…っ」

「何で別れる前提なワケ、しかも俺有責で」

「だって、…男ってそういうもんじゃないの」

「…お前さァ、男がみんなテメーの元カレ忍者と同じだと思ったら大間違いだからな」


鼻をぐすぐすと鳴らしながら、銀時の胸に顔を埋めた。鼻いっぱいに銀時の匂いが、私の胸を苦しくさせる。


「俺は好きになった女は自分のモノにしてェし、抱きてェし、傍に置いときてーの」

「…」

「その代わり自分の女は大切にするし、泣かせたりしねェし、…浮気だってしねーよ」

「でも」

「それでも信用できねーんなら、お前もう俺のことこれ以上好きになんなくていいよ」

「…は?」


何を言っているんだこの男は。意味のわからない発言に私の涙はピタリと止まった。銀時の腕が私の頭に伸びてきて、ポンポンと頭を叩く。


「その分、俺がお前のこと好きでいるから。お前は仕方なく付き合ってるくらいの軽い気持ちでいいだろ。俺がお前のこと好きなんだ、それだけじゃ一緒にいる理由になんねーか?」

「…銀時」

「なァ、なまえ。意地張ってねーで、俺の女になれよ。お前のそのトラウマごと全部、俺が背負ってやるから。お前みてーな危なっかしい女、野放しにしてたら俺の心臓がもたねーんだよ」


ふわふわと私の髪を撫でながら、苦笑いをする銀時の声が耳に届く。また涙腺がゆるゆると緩み出す。もう何なんだろう、この男は。何でこんな一言で、すっかり心が軽くなって行くんだろう。何でこんなにも、心がこの男を求めてしまうんだろう。いけないとわかっているのに。


「…銀時」

「んー」

「…いいよ」

「何が」

「仕方ないから、付き合ってあげても、いいよ」


顔を上げた先にあった、とんでもなく嬉しそうな銀時の笑顔を見て、私は少しだけ思ってしまったのだ。ずっとこの笑顔を、隣で見ていたいと。




prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -