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「あーあ、何でこうも人はイベント事が好きなんだろうねぇ」
「ぬしは本当にそういったイベントに疎いな」
ピンクや赤、その上ハート型の風船や装飾が散りばめられた、地上の菓子屋に何とも似つかわしくない私と月詠。片や煙管を咥え、片や団子を片手に顔に傷をつけた二人の女がチョコを買いに来るなど、喜劇を通り越して悲劇だ。だがそんなことに気にも留めずに、女たちは売られているチョコレートに我先にと手を伸ばしている。そこまでして、誰かに贈りたいものなのか。
「月詠、もういいよ。テキトーに板チョコとかで。あげることに意味があるんでしょ、わざわざこんな可愛らしいのあげなくても、腹に入れば一緒だよ」
「なまえ、本当にぬしというやつは…」
「あ!!!ツッキー!それに、なまえ!!」
何だか私たちを呼ぶ声が聞こえた。咄嗟にその声がする方へ振り返ると、何とも懐かしいその顔に、私は思わず抱きついた。
「猿飛ィィィ!!!」
「ギャー!ちょっと何なのよ!久々の再会だからって、ハグはないでしょ! 離れなさいよ!」
「猿飛、ぬしこんなところで何をやっておる」
「何って、決まってるで…」
「猿飛ィィィ!!!!」
「あーもう!ていうか、アナタよく私にそんな態度できるわね!言っとくけど銀さんに先にツバつけてたの私だから!銀さんは私のなんだからね!」
この紫色の長髪の女は猿飛あやめ。こちらも元御庭番で中々の腕を持つ一人だ。全蔵と付き合っていた頃、何度か顔を合わせて以来、私はすこぶる猿飛に懐いている。本人はいつもうざがってはいるが、仲良くやっていたつもりだ。私を引っぺがしながら、鼻息を荒くする猿飛の顔が可笑しくて、声を上げて笑った。
「猿飛も銀時にチョコあげんの?」
「そ、そうよ!銀さんは甘いもの好きだから!バレンタインなら私の気持ちを素直に受け取ってくれると思ってね!」
「…何、銀時って甘いもの好きなの?」
「何じゃ、ぬし知らなかったのか?」
聞いたことあるような、ないような。そんな私の反応にまた猿飛は息を巻いている。「それでも彼女なの?!」とか「あ、彼女じゃないんだった!」とか一人で騒がしい。月詠ももれなく呆れた顔をしている。
「そんじゃまぁ、仕方ないけど買ってってやるか、猿飛より高いやつ」
「値段で負けたって、私の愛の方が大きいのよ!あんたみたいなアバズレになんか負けないわよ」
「ハイハイ」
うるさい猿飛をあしらい、適当にハート型のチョコレートを取り上げレジに向かう。月詠はもう晴太の分を購入したようで、離れたところで私を待っている。二つ分のチョコを持った私に、猿飛がヒソっと私に耳打ちをした。
「なまえ、二つ買うの?」
「吉原に可愛がってる子供がいるんだよ。一個はそいつの分」
「…全蔵にはあげないの?」
猿飛の言葉に、私は「はぁ?」と声を上げる。数年会っていなかったが、私と全蔵が破局したことなどとうの昔に話している。そんな私の反応に、猿飛は控えめに苦笑いをした。
「…そうよね、もうとっくの昔に終わってるものね」
「どういう意味?」
「ん、その…全蔵、少し期待していたみたいだから」
猿飛の言葉に私は何も言葉が出なかった。やめてほしい、そういうことを私に言うのは。この前の一件から、全蔵の名前を聞くたび何だか胸が痛くなる。
「…銀時に、失礼だから」
「…そうよね。でも私、てっきりあなたたちは元サヤに戻るって思っていたの」
「…」
「でもまさか、銀さんとあなたがこうなるなんて…これは嫌味とか、そういうんじゃないわよ。ただ、何となく、戻ってほしいって思っていたのも事実なの」
「悪かったね、予想が外れたみたいで」
「…何で、銀さんなのよ。祝福しようにも、できないじゃない。あなただって私の友人だから、幸せになってほしいって思ってる。…でも全蔵だって、私にとったら大切な友人なのよ。全蔵にだって幸せになってほしいじゃない」
心底寂しそうな表情をする猿飛から目を逸らして、私も思わず視線が地に落ちた。全蔵と別れた時、一番に私の元まで飛んできたのは、猿飛だ。考え直すよう、何度も説得を受けたが私はそれを聞き入れなかった。それから猿飛とは疎遠になっていたが、まさかこんな形でまた巡り会うとは思っていなかった。
「あなただったら銀さんを譲ってもいいって思ってた。でも、全蔵の気持ちを知ってる以上、そうも言えないわ」
「どう思っててもいいよ。別に何を言われても銀時を嫌いになるわけじゃねーし、…全蔵を好きになるわけでもない」
「…そう。ごめんなさいね、勝手なことを言って」
月詠が私を呼ぶ声が聞こえて、会話はそこで途切れた。手に持った二つのチョコレートを見ながら、私の気持ちはどんよりと沈んだように重く、苦しくなった。
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