▼ 甘党のアイツ 1/2
「なまえ姐ー!月詠姐ー!!」
「晴太」
すっかり風邪も良くなった数日後、団子片手に吉原を歩く私たちの背後からテンションの高い晴太の声が聞こえた。晴太は満面の笑みで私たちの元へ近寄ると、びっと手の平を伸ばしてきた。
「何じゃ、晴太。お年玉ならもうやったじゃろう」
「違うよ!明日、何の日だと思う!?」
「宿題ならこの前手伝ってやったろ、たまには自分で真面目にやんな」
「違う、違うぅぅ!!」
晴太が笑顔で何かを求めてくる時は、大体ロクなことじゃない。そういうところは日輪にソックリだ。それがわかっている私たちはわざとらしく冷たくあしらうも、晴太は引く様子がない。
「もう、バレンタインだよ!二人ともそれでも女なの!?」
「「バレンタインんん?」」
あれ?私、数話前で春はもうすぐそこ、とか言ってなかったっけ?意外とまだ2月だったの?割とそこら辺自由な感じなの?そんなことを思いながら、月詠と顔を合わせて苦笑いをした。
「晴太、いいか?バレンタインデーっつーのはな、女の子が好きな男にチョコレートを渡す行事なの!男の方から強請るものじゃねーの!」
「えー!でもいずみちゃんからもらえなかったら、オイラ母ちゃんだけになっちゃうよー!!!」
「日輪からもらえるだけありがたいと思いなんし」
「ひどいよー!!月詠姐からは絶対もらえると思ったし、なまえ姐もいつもは怖いけど…何だかんだそういうところは優しいと思ってたのにぃぃ!!!」
「オイ、晴太。何だかんだってなんだ、こら」
やだやだ、欲しい!とあからさまに不満そうな顔をして地団駄を踏んだ。誰かと勝負でもしているのか、珍しく引かない晴太に私は笑みがこぼれて、ポンと晴太の頭に手を乗せる。
「じゃあ、今日は帰ったら日輪の手伝いをすること。皿洗いと、風呂掃除、もちろん宿題も自分でやるの。それが出来たら、明日チョコレートあげるよ」
「本当?!絶対?!月詠姐もくれる?!」
「ああ。その代わり、洗濯物を畳むのも追加じゃ。それならわっちからもチョコレートをやろう」
「わかった!約束だからね、二人とも!明日絶対渡しにきてよね!」
また笑顔で手を振りながら私たちから離れた晴太を見守りながら、私はチラリと横目で月詠に視線を送った。
「何お前どさくさに紛れて、自分の仕事やらせてんの、洗濯物」
「つ、ついでじゃ!別に面倒だったわけじゃありんせん!」
「あ、そう。…ってもうバレンタインかぁー」
「"好きな男にチョコレートを渡す行事"らしいが、ぬしはもう用意しているのか」
「……」
していない。していないどころか、バレンタインなんてすっかり忘れていた。晴太に言われなければ、きっと当日を過ぎても思い出すことはなかったのに。無視を決め込む私に、仕返しをするようにチラリと横目を向けてきた月詠。私はすぐに視線を逸らした。
「わっちも共に買いに行ってあげられたらいいのだが…二人が吉原を離れるのは、さすがにな」
「いいよ、別に。向こうだって連絡してこないし。忘れてるでしょ」
「頭ァー!副頭ァー!!」
どこから盗み聞きをしていたのか、百華のやつらが私たちの元へ駆け寄ってきた。しかも例によって、どこか嬉しそうな顔で。
「心配に及びません!二人でチョコレート買いに行ってきてください!その間吉原は、私らがしっかり見張ってるんで!」
「しかし…」
「頭!副頭のまたデレデレした顔が見れると思うと、安いものじゃないですか!」
「オイ、どーいう意味だそれ」
「そうですよ!救世主の旦那が万が一他の女にもってかれたらどうするんですか!」
「いや、だとしたら一番可能性があるの、コイツ…」
「頭!」「頭!」
私の制止を無視して団員たちは月詠に詰め寄った。少し悩むような素振りをして、月詠は首を縦に振った。
「そうじゃな。それならぬしら、少しの間任せてもよいか」
「任せてください!副頭、チョコと一緒に自分をラッピングしてプレゼントするのも、今流行ってるみたいですよ!」
「嘘つけ!お前ら楽しんでるだけだろーが!」
そうしてまたいつものように月詠に手を引かれ、笑顔の団員たちを残して私たちは地上へと上がった。
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