Ichika -carré- | ナノ


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部屋に戻り、湯船で身体を温めていても、私の心には何か重たいものがずっしりとのしかかっているような感覚に苛まれていた。風呂を上がり、タオルで髪を拭きながら、台所に置かれた日本酒をグラスに注いだ。並々溢れそうなそれを、一気に飲み干して、私はため息をついた。


「……はぁ」


言い知れぬ感情が湧きあがって、頭がクラクラする。酒のせいなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。箪笥から着物を引っ張り出して、それを羽織ると髪の毛に水分を含んだまま、その感情から逃げるように私は部屋を飛び出した。




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「…流石に非常識だよなぁ」


携帯電話の画面を開いた私は、小さく独りごちた。待ち受け画面に映った何やら幸せそうな写真と共に表示された、午前4時を過ぎている時間にまたため息を落とす。真っ暗闇に包まれた地上の道を、ぼんやりと歩いた。全蔵の声と、あの表情が頭から離れない。心が締め付けられたように痛い。いても経ってもいられずに、私が向かったのは万事屋だった。まだ日の出すらも出ていないと言うのに、何も考えずに飛び出してきてしまった。万事屋の下のスナックすらも、もう暖簾を外している。仕方なく階段を上がり、途中で腰をかけた。


『全部、やり直せりゃいいのにな』


とても笑い飛ばせるようなトーンではなかった。心底寂しそうに呟いた全蔵に、私は何を言うこともできなかった。過去をやり直すなど、そんなことができるなら、きっと誰もがそうしているだろう。それができないから、人は一瞬一瞬を大切に生きなければならないのだ。


「…何で、今更。」


銀時と出会う前だって、全蔵は何度となく私の元へ現れて、やれやり直そう、より戻そうと絡んできてはいたが。こんなに真面目なトーンで言われたのは、初めてだ。あんな声、あんな顔、今まで向けられたことなんてなかったのに。何なんだ、本当に。徐に袂から携帯電話を取り出して、ぱかっと開くと暗闇に広がるわずかな眩しさに、目を細めた。こんなに近くにいるのに、会えないもどかしさに、喉の奥が痛くなる。


「…銀時」


湿気を帯びた髪が冷たい風に吹かれて、全身に肌寒さを広げた。もう春はすぐそこだというのに、夜明けとなれば、まだ冷える。せっかく湯に浸かったのに、無駄になってしまった。携帯の画面に視線を落としたまま、壁にもたれて瞳を閉じた。…今はもう、何も考えたくない。





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