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ひのやとは、かの有名な吉原桃源郷で最高位の花魁だった、日輪の営む茶屋のことだ。
日輪と月詠と私は幼い頃からの長い付き合い。鳳仙が倒れたと聞いた折には、一番に日輪の笑顔を見に行った。変わらない笑顔に安堵したのももうひと月も前の話だ。
確かに言われてみれば、日輪を初めとした、この吉原を太陽の下へと導いてくれたその救世主に、お礼の一つくらい直接言った方がいいだろう。そうして着いたひのやからは、騒がしい笑い声が聞こえてきた。
「ツッキー!…って、アレ?」
「ん?何この子」
「何でツッキーが二人もいるアルか?」
笑顔で近づいてきた、チャイナ服姿の赤毛の少女。私の顔と月詠の顔を見比べて、首を傾げた。そんな彼女に私が反応するより先に、顔を真っ赤にしたのは月詠だった。
「か、神楽!こやつの前でツッキーと呼ぶでない!」
「ブッ!!つ、ツッキーって、あんた!ブッ!」
「なまえ!笑うな!」
盛大に吹き出す私に勢いよく月詠の拳が飛んでくる。それを軽快に避けると、その赤毛の少女は眉を上げて私に問いかけた。
「お前、誰アルか?ツッキー2号アルか?」
「えー、私ぃ?しがない無職のプータロー」
「女なのにマダオアルか?マジでダメな女アルか?」
「なまえ!嘘をつくのはやめなんし!!!神楽も信じるでない!」
えー、と不満そうな顔を月詠に向けると、その神楽と呼ばれた少女もなぜかつまらなそうな顔をした。…何だこの子、可愛いな。変な喋り方だけど。
そんなことを思っていると、ひのやからもう一人、メガネの少年が駆け出してきた。
「そ、その顔の傷…あなたは、まさか、!」
「なにこのメガネくん?」
「ってオイィィィ!失礼だろーがァァァ!!!」
私の顔を見るなり、そのメガネの少年は驚いたような声を上げて、すぐにまた大きな声でツッコミを入れてきた。可笑しくて思わず笑うと、月詠の視線を感じて、わざとらしく咳払いをした。
「えっと、君たちが救世主さん?その節はありがとう」
「エッヘン」
「いや、まぁ…はい」
「こやつは百華の副頭領、なまえじゃ」
「よろしくねぇー」
「初めまして、僕は志村新八です。この子は神楽ちゃん」
「こやつらが、吉原の救世主、万事屋じゃ」
へらりと笑ってみせると、新八はぺこりと私にお辞儀をした。神楽は私と月詠の顔を何度も何度も見比べている。
「よく見たら、キズの場所が違うネ!」
「よく見なくても、髪型もちげーよ」
「着物も赤ですしね、判断基準はそこですね」
月詠は左目から頬にかけて傷があるのに対し、私は右目から頬にかけて傷がある。もっと言えば、私はおでこに傷はないし、前髪も上げていない。後ろ髪は一括りに纏め、地上ではぽにーてーる、と呼ばれるいるらしい髪型。似ているところといえば髪の毛の色と目の色くらいか。
「ぜんっぜん似てないかんね、私の方が数倍美人だかんね」
「何かこの人、銀さんみたいですね…」
「え、何?金さん?」
「あァー、スッキリしたわァー」
私が新八に聞き返したとほぼ同時に、ひのやから聞こえてきた声。私は声のした方へ視線を送ると、団子片手に気だるそうな足取りで、ひのやから出てきた白髪の男。
「銀ちゃん!!こっちネ!ウンコしてる場合じゃないアル!ツッキーがツッキーを連れてきたアル!」
「はァ?お前何言ってんの?暑さにやられてとうとう頭おかしくなっちゃったの?それ以上おかしくなったらどうなっちゃうの?」
団子を口に運びながら、こちらに近づいてきたその男は鼻をほじる私を見るなり、目を見開いて口に含んだ団子をブッと吹き出した。
「テメェ!きったねーな!何すんだよ!」
「女の子が公共の場で鼻ほじるもんじゃありませんんんんん!!!」
「テメェも人の顔に団子吹き出してんじゃねーよ!」
まぁまぁと仲裁に入る月詠に「何のこの男?」と咎めると、何故かその男ははぁ、とため息を吐いて呆れたような顔で私を見る。
「あんたさァ、吉原の人間だったら、俺のこと知らねェとか失礼なんじゃねーの」
「そんなふざけた頭の男なんて知らないけど」
「オイ俺、救世主ーー!!!吉原救った救世主なんですけどォォォ!?!」
「救世主はこの子たちでしょ?子供の手柄を横取りとは、きたねェ男ー」
「主に俺ね!俺が救世主!こいつらはただのオマケ!」
はぁ?と月詠に視線を送るとコクコクと頷くもんだから、私は月詠が言わんとしている即座に理解して唖然とした。
「字汚ねェっつったのお前かァァァ!!!」
「あの手紙寄越したのお前かァァァ!!!」
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