▼ 浮かれるアイツ 1/3
非番だというのに、朝早くから目が覚めてしまった私は、部屋の掃除を済ませて早々に家を出た。月詠に声をかけて地上に上がり、手には地図を、胸には何とも言えない気持ちをこさえながらある場所へと向かっていた。
「確かこの辺だよなぁ…あ!あったあった」
目的地に到着した私は、タンタンと陽気な音を立てて階段を上がり、ガラス戸をノックした。中から「はいは〜い」なんて気が抜けた声が聞こえて、私は少しだけ構えてしまう。ガラッと戸が開け放たれた先にいた男は、私を捉えるなり重くかかっていた瞼を見開いた。
「…よっ」
「…えっ、お前何してんの?…アレ?なんか約束してたっけ?」
「いや、そうじゃないけど」
銀時は驚いたように私の顔を覗き込み、あからさまに慌てふためいている。昨日全蔵がうちに訪れてから、ずっと決めていた。今日は銀時に会いに行こうと。なぜか、会いたくなってしまったのだ。このだらしない顔を、拝みたくなってしまったのだ。そして、私はあることを確認しにきた。
「えっと…何の用?」
少しだけ気まずそうに私から視線を逸らし、銀時はボリボリと後頭部を掻き毟る。私はその様子を見上げて、何だか満足してしまった。
「うん、もう済んだ。…じゃあね」
「は!?…ってオイ、ちょっと待てよ!」
踵を返した私の腕を、銀時はぐいっと引いた。バランスを崩した私は倒れるすんでのところで銀時の腕を掴んだ。
「え、マジで何しにきたの?」
「何となく確認したいことがあって」
「…確認したいこと?…って何だよ。言っとっけど銀さん紛うことなき天パだからね、確認するまでもないからね」
私の腕を掴んだまま、前回の態度はどこへやら、おちゃらけた顔をしてみせる銀時に私はふんと鼻を鳴らす。やっぱり男っつーのは勝手な生き物だ。少しでも悩んだ自分がバカらしい。
「…自分の気持ちだよ」
「自分の気持ちィ?」
「そ」
「っていうと…」
「私、銀時のこと好きなのかもしんない」
あっけらかんと言ってのける私に、銀時は時が止まってしまったように動かない。腕を払いのけて帰ろうとした私に、我に返ったように銀時はもう一度私の腕を思い切り掴んで、万事屋の中へと強引に引き入れた。
「ちょっと、何すんだよ!」
「え、待って、今お前なんつった?何、え?…俺のこと、え?」
「落ち着けよ!どんだけ動揺してんだよ!」
「するだろォが!何だよ、突然!どういう風の吹き回しだよ!?」
確かにそれは、私も思うところだ。それでもこの前月詠に気持ち白状してからというもの、もう自分の気持ちを誤魔化せなくなってしまった。そして昨晩全蔵に会って、その気持ちが更に色濃くなった。全蔵の顔なんか見てもときめかないし、腕に抱かれても、私の心はうんともすんとも言わないのだ。だけど、それが銀時だったらどうだろうか。何だか会いたくなってわざわざ地上に上がり、その顔を見れば心が満たされ、掴まれた腕には熱が帯びる。これはもうどう言い訳しても、恋だ。ただの恋する乙女だ。それを、再確認するために今日はわざわざここまで来たのだ。
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