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「で、何しに来たの?」
全蔵は度重なる私の拳でいい加減覚えたのか、窓の縁からは動こうとせずに、私を見上げる。その横に腰を下ろして、ぐいっとビールを呷った。
「ちょいとヤボ用で来たんだが、思いの外早く終わったもんでね」
「何の理由にもなってねーよ…ったく」
「こんな時間に一人で酒飲むなんざ珍しいじゃねーか、何かあったのか?」
「おかげさまでな!」
けっと眉を顰めると、全蔵は何だと言いたげに口を尖らせる。
「お前のせーで、銀時と喧嘩した」
「はァ?何でお前とあいつの喧嘩に俺が出てくんだよ、つーかあいつと喧嘩したからそんなツラしてんのか?お前やっぱりあのバカのこと…」
「……」
「…とうとう否定すらしなくなっちまったか」
両手で握った缶ビールに視線を落としながら、私はもう何も言い返す気がなくなってしまった。月詠にあんなことを言ってから、私の頭の中には銀髪のバカの顔が離れなくなってしまったのだ。気持ちを誤魔化すのも、そろそろ限界があった。徐にこの前の缶を手渡すと、その中身を見るなり全蔵は驚いた声を上げた。
「お前、これ俺んじゃねーか。どーりでどこ探しても見つからないワケだ」
「どーせあんたの忘れもんだと思ってたよ。私が持ってたのは、別れた時にぜーんぶ捨てたんだもん」
「ひでーヤツだな、人との思い出を簡単に捨て去るなんて」
「捨て去りたい思い出にしたのはお前だろ!ほんと勝手なヤローだな、お前ってやつは」
ぐいっと肘で全蔵の肩を押すも、本人は写真に視線を落としたまま何も反応を寄越さない。何となく手持ち無沙汰になった私は、窓の外へ視線を移した。そんな顔したって、もうあの頃には戻れない。お互いにそんなことはわかっているはずだ。じゃあ仮に全蔵とよりを戻したところで、あの頃をやり直せるワケじゃない。一度壊れたモノは、もう同じ形に戻ることはない。それは物理的にも、精神的にも言える。
「なァ、…オイ」
「だから、やり直さないって」
「…そうじゃねーよ」
「…なに?」
写真から視線を上げて、全蔵は私を見据える。いや正確には瞳は前髪に隠れて見えてはいないけれど。いやに真剣な表情の全蔵に、私の心はざわついた。
「俺があの日、何であんなとこからキャバ嬢と出てきたか。お前はずっと浮気だなんだって勘違いしてたけどな、真相は違う」
「…真相?」
「あァ、そうだ。あん時、俺はな…」
こそっと私の耳元に手を当てて、全蔵は小さく囁いた。別に二人しかいないのだから、わざわざ小声で話す必要はないと思うのだが。それでもあえて突っ込みはせずに、全蔵の声に耳を傾けた。
「……座薬、入れてもらってたんだ」
「…は?」
「足滑らせて、屋根の角に尻ぶつけて、転げ落ちて動けなかったんだ。そんで、たまたま通りかかったあのキャバ嬢に、座薬入れてくれって、頼んだんだよ」
「……」
「そんで急いでホテル連れてってもらって、スッキリしたと思いきや、お前さんたちに遭遇しちまったってワケ…」
「そっちの方がキショイわァァァァァ!!!!!」
私は全蔵の言葉を聞き終わる前に、その無駄に真剣な表情に、思い切り拳をめり込ませた。
「おま、え?なに、座薬入れてもらった!?浮気より気色悪いことしてんじゃねーよ!!ふざけんな!どんなプレイだよ、それ!!つーかなんで今そんなカミングアウトしてくんだよ!?」
「俺だって好きでそんなこと頼んだワケじゃねーよ!動けねーし、マジで危機迫ってたんだよ!背に腹はかえられねェだろーが!適当に誤魔化そーとしたらどんどん墓穴掘ってって、最終的には別れ話にまでなってよ!今更言えるか!?ボラギノール入れてもらってましたなんて言えるか!?座薬プレイのレッテル貼られるよりは、浮気ヤローのレッテル貼られてる方がまだマシだろーが!」
「知るか!今更お前が浮気してようが、座薬プレイしてようが、もうお前とはやり直さねーよ!」
ふんっと鼻息を出して、ぷいっと全蔵から顔を背ける。「せっかく恥を忍んで暴露したのに、やっぱりダメなの?」なんてしょぼくれた声が聞こえたが、私は無視を決め込んだ。
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