▼ 気になるアイツ 1/3
人間というのは不思議なもので、頭で思っていたことや悩んでいたことを口に出してしまうと、どんなに小さなことでも、それが芽を出しめきめきと成長してしまう。あれが食べたい、あいつが嫌い、あそこに行きたい、口に出した時点で、もう負けなのだ。たちまち頭の中はそのことでいっぱいになってしまう。
…そして、それは私も例外ではない。
「…眠れない」
一人長屋で布団にくるまり、そんなことを独りごちた。今日は一日やるべきことが多く、月詠と話す時間もないほど吉原を飛び回っていた。小さな小競り合いの対応に追われていただけで、何か大きな事件があったわけでもないのだが。どう考えてもいつもより働き、疲れているはずだった。現に屯所から帰宅した時は、着物を着替えるのも億劫なほど身体は疲弊していたというのに。
「…明日非番だし、ちょっと飲むか」
むくりと起き上がり、ふらふらと台所まで歩いた。先日の猛烈な二日酔いをした日を境に、ほとんど酒に手をつけていなかった。冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルタブを引くと、プシュッと気のいい音を立てる。冷えたビールを喉に通すと、その冷たさに身体が小さく震えた。やっと暖かい季節になったと思ったが、やはり夜はまだ冷える。開け放した窓から冷たい風が室内に届いた。缶ビールを手に、布団へと向かった。
「……はぁ」
この無意識に出てしまうため息の理由を、痛いほど理解していた。だからと言って、どうすることもできない。他人事だと思って、みんなは口を揃えて素直になれ、なんていうけれど。
『ぬしの幸せがわっちにとっての幸せなんじゃ』
だとしたって、じゃあお前の気持ちはどうなるんだ。仮に私が銀時とどうにかなったとして、月詠は気持ちを殺しながら、それを見守るというのか。そんなの、全然気持ちいいものじゃないよ、月詠。この前は勢い余ってあんなこと言っちゃったけど…そんなに簡単なものじゃないんだよ。
…そして、あの日月詠に言った通り、問題は月詠だけじゃないのだ。どっかの忍者さんのおかげで、付き合うとか、彼氏彼女とか、別れる別れないだとかそういうのが面倒になってしまっているのは事実で。この前までは、好きだ、幸せだなんて思っていたのに、いざ喧嘩して別れてしまえば、その思い出も全て嫌なものに変わってしまう。たちまち大切だった存在が憎しみの対象となってしまうのだ。そんな悲しいことを何度も繰り返したくない。そんなことで、大切な存在がなくなってしまうのなら…。
「珍しいな、一人酒か?」
私はビクリと肩を揺らして、咄嗟に窓へ視線を移した。忍装束に身を纏ったトラウマの種が、開け放たれた窓の縁に座り込み、ニヤリと微笑んでいる。
「家にはくんなって言ってるだろーが」
私は大きくため息をついて、窓際に座る全蔵の元へと近づいた。もう、ただでさえ悩み事が尽きないというのに、なぜこういう時にばかり現れるんだろうか、このバカは。
prev / next
bookmark