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二日酔いで響く頭を抱えながら、書き仕事を終えてぼんやりと屯所から見える吉原の景色を眺めていた。一日気分が晴れなかった私は、はぁっとため息をこぼす。
「そんなに落ち込むくらいなら、謝りに行きなんし」
「いやだ!」
頬杖をしながら私を見つめる月詠は、そう即答する私を呆れたように眉を下げた。だって、わざわざ謝りに行ったら、私が銀時のことを…その、…好きだとか何とかっていうのを認めているみたいで、腹立たしいじゃないか。「元カレの写真なんか持っててごめん!捨てるから安心して!」…って何を安心させるっていうんだ。だから何だっていうんだ。
「何故自分の気持ちに正直にならんのじゃ」
「…」
「わっちに引け目でも感じているのなら、御門違いじゃぞ」
「そういうんじゃないけどさ…」
まぁ、それもあるけどさ…。と心の中で付け足した。いつの間にか用意してくれていたのか、机の上には団子が並べられていた。それを手に取りはむはむと頬張ると、今度は月詠は眉を顰める。
「だとするなら、ぬしはまだあの全蔵とやらを好いておるのか」
「んなわけねーじゃん!!!私は過去を振り返らないタチなの!」
「それなら、何がそんなにぬしの気持ちを留まらせるんじゃ」
私は月詠の真剣な眼差しから逃げるように、また外へと視線を逃した。月詠のことが引っかかっているのは確かだ。だけどそれと同じくらい、私はあいつへの気持ちを肯定できない理由があった。
「…だってさぁ」
「なんじゃ?」
「言い寄られるまま絆されて、付き合って、何だかんだで好きになってもさ。結局いなくなるなら、最初からそういう関係でいねー方がいいじゃん」
月詠は私の言葉が予想外だったというような表情を浮かべた。遊郭街の吉原で育ち、地雷亜に手篭めにされていた私は男なんてクソ食らえと思っていた。女なんて消耗品、玩具かなんかだと勘違いしてるヤローしか見てこなかった。そんな奴らに食いものにされたくなんかなかったし、頼ることも護られることも、ないと思っていた。それでも全蔵は違った。私の気を引こうと、ありとあらゆる手を使って私を笑わせてくれた。そんな全蔵に気を許すのも時間の問題だった。やっとできた安心できる居場所。そう思っていたのに、その居場所は長くは続かなかった。
「全蔵だけが悪いわけじゃないってわかってるけどさ。結局男っつーのは、まぁみんなそういうもんなんだろ、作り的にさ。やることだけやって、飽きたらポイ、みたいな?そういう結末が待ってるんだったら、銀時とだって今まで通りの関係でいた方がいいんだよ」
全蔵と同じように、銀時を憎むことになるくらいなら、最初からそのラインを超えなければいいだけだ。惚れた腫れただそういう感情があるから、人は人を恨んだり憎んだりしてしまう。期待していた分、裏切られたと傷ついてしまう。それなら、期待なんてしなければいい。そうすれば、これ以上傷を負うこともなくなるんだから。
「…ぬし、案外あの忍者に惚れていたんじゃな」
「と、当時の話だよ!…でももうあいつとどうこうなりたいなんて一ミクロンも思わない。銀時とも、今のままでいた方が、…楽なんじゃないかと思う」
ふむ、と唸り煙管をふかす月詠は、私より真剣に考えてくれているようで、何だか複雑な気持ちになる。月詠だって銀時のことを想っているはずのに、何故私たちの仲を取り持ってくれるのだろうか。そうでもしなければ、自身の気持ちと折り合いをつけられないのだろうか。
「月詠が言ってくれたようにさ、幸せになりたいって思うよ、お前のためにも。本当は素直になれたら、って思うときもあるけどさ。なんていうか、怖いんだよね、…銀時を失うのが」
そこまで言って、私は見ないようにしていたはずの気持ちに辿り着いてしまった。それに気付いた私は思わずため息を落とすと、月詠も同じように気付いたのか、柔らかく笑って見せた。
「なまえ」
「……好きなんだろうなぁ、銀時のこと」
空いた串をからんと皿に投げ捨て、思わずうなだれる。そんな私の頭を月詠はあやすようにポンポンと叩いた。
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