Ichika -carré- | ナノ


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「なァ」


結局黒毛和牛すき焼きをご馳走させられてむくれていた私は、お礼にと台所に立ち、洗い物をする銀時の声に振り返った。


「何かさァ、こーやって飯食って、俺洗い物とかしちゃってさァ」

「うん」

「新婚みたいだよな」

「いや彼氏にすらなれてねーのに、随分飛び越えてんじゃんそれ」


言われてみれば、お礼にゲームさせろと言ったから迎え入れたのに、何を仲良く食事をしているんだ。しかも黒毛和牛まで平らげて。とんだ詐欺師だ、この男。プシュッとビールを空けてぐいっと呷りながら、頬杖をついて銀時の背中を見つめた。


「おま、終わるまで待てよ!俺の分もあんだろーな!?てか何もうゲームの電源入れてんだよ!」

「ストツーでもやろーかなと」

「はいちょっと待った、ストツーったら銀さん、銀さんったらストツーだかんね」


ぽいっとスポンジを放り投げて、ゲームに飛びついた銀時はこれまたワクワクとした顔でコントローラーを握った。私の飲みかけのビールを手に取ると、迷わずに飲み干した。なぜわざわざ飲みかけを飲むんだ、こいつは。


「は、お前ベガはなしだろ、ベガは!じゃー俺ガイルにしよー」

「何でもいいから早くしてくんない」


何本もの空き缶を出しながら何十戦も交えたものの、全戦完敗した銀時は目を血走らせながら私を睨んできた。


「お前、何なの!?気持ちわりーよ、その強さ!」

「暇があればずっとゲームばっかやってるからねぇ。ぽっと出の天パになんか負けませんよ」

「あーつまんねー!可愛くねー女!もーいい、寝る」


今度はコントローラーをポイっと投げた銀時は、ゴロンとその場に寝転がった。空いた缶をゴミ袋に入れながら「はいはい」と声を出した私はすぐに我に返った。


「は!?寝るって何!?あんた帰んないの?!」

「…いやもう、終電ねェし?」

「テメェんちは電車で帰るよーな場所じゃねーだろ!」

「前も泊まったんだからいーだろォが」


くいっと掛け時計を指差す銀時は、アルコールのせいかいつもよりもぐだぐだとした顔で私に笑顔を向ける。前回のは不可効力で、今回のこれは完全に確信的じゃねーか!月詠への気持ちとの折り合いもちゃんとつけられていない私は、さすがに銀時を泊まらせるつもりなんて微塵もなかった。それなのに、こいつはなぜこうもズカズカと私の心の中に入り込んでくるんだろうか。


「月詠だってお前の幸せが何ちゃらっつってたんだからよ」

「お前!盗み聞きしてやがったな!」

「もーお前は本当にさァ、頑固だよなァ」


銀時はフラフラと私の元にやってきて、思い切り所謂壁ドンをしてきた。と言っても私の背にあるのは書棚なので、正確には棚ドン?…棚ドンなんてあるの?どこか冷静に頭の中でそんなことを考えていた私の顎を、銀時は空いた手でくいっと掴んだ。


「…ちょ、待っ、銀時…っ!」

「待てねーよ」

「飲みすぎ…ちょっと冷静に…」

「いーや、俺ァいつでも冷静だけど」


低い声で「本当に嫌ならぶん殴れよ」なんて呟く銀時に、私は私を見つめるその瞳を見つめ返すことしか出来ずに、固まってしまった。嫌なわけじゃない、でも、あまりにも急だし、なんて言うか、…なんて言うか…。


「…なまえ」


そう呟いて、私の顔に近づいてきた。私は静かに目を閉じようとした瞬間、棚の上から何か落ちてきて銀時の頭に直撃した。その拍子にその何かの中から更にまた何が散らばった。


「いって!…何だよ、今度は、……ん?」

「…あっ」


私がそれが何か気付いた時には、もう遅かった。銀時は散らばった何かを見下ろして、一瞥すると黙って私から離れた。


「そーいうことかよ」

「ちょ、銀時!これは…っ」

「…んなもん大事にとっときやがって」


名残惜しさを感じる間もなく、そのまま銀時は玄関へ向かった。ちらりと私に視線をくれた銀時の瞳は、随分と冷たいもので。そんな視線に負けるわけにも行かず、銀時を追いかけた。


「泊まって、いくんじゃないの…」

「気が変わった、帰る」


先ほどと打って変わった態度に、私は思わずムッとしてしまった。ブーツを履いて出て行こうとする銀時を、私はもう止める気にならなかった。踵を返し部屋に戻った私に、銀時も声を掛けることなく出て行った。散らばったものを一枚一枚広いあげた私は、黙って落ちてきたであろう缶の中に戻して行った。


「…なんでこんなものが」


散らばったそれは、数枚の写真。全て付き合っていた当時の私と全蔵が写っている写真だった。私の家での写真や二人で変顔をしているもの、吉原に咲いた夜桜を背景に映る二人がこちらに笑顔を向けている写真。月詠が写っていたりする写真もある。捨てたと思っていたのに、まさかあんなところにあったなんて。


「…もー、私のバカ」


銀時がいたはずの座布団を見つめて、静かになった部屋で一人ため息をついた。





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