Ichika -carré- | ナノ


▼ 3/3 紅蜘蛛篇 完結




「…オイ、銀時。人ん家入る時はノックなりピンポンなりしやがれ、非常識なヤローめ」

「その前にテメェ人のことウン筋ついてそーな顔とか言ってんじゃねェよ!!そんな非情な陰口叩く奴に、常識語られたくねェよ!!!」


あちこち包帯だらけの銀時は、部屋に入るなりぎゃーぎゃーと喚いてやかましい。一応私も怪我人なんですけど。うるさいんですけど。ジト目で銀時を見つめると、眉を上げて私が横たわる布団の傍に腰を下ろした。


「助けに来てくれてありがとね」

「…お前みたいなやつに素直にそう言われると、何かつまんねぇな」

「…お前なら、来てくれると思った」


もう一言素直に付け足すと、銀時は眉を下げて笑った。月詠があんなこと言うもんだから、今まで何も気にしていなかったこの沈黙が、居心地悪く感じてしまう。何を言おうにも、言葉がうまく見つからない。その沈黙を破ってくれたのは銀時だった。


「…月詠と、あの忍者から聞いた、色々と」

「…」

「あの忍者に言われたよ。何も知らねェくせにお前の心に土足で入んな、お前の背負ってるもんの重さがわかるか、ってな」


私は何も答えずに、天井を見つめた。別に銀時に知られたくなかったわけじゃない。銀時があの場に来てくれたってことは、きっと全蔵が話したからだろうと予想していたから。全蔵は私の過去をあらかた話していた。あいつはあーいう奴だから、深く突っ込んでくることはせずに、そうかと一言呟いて、それ以降その話をすることはなかった。あいつなりの優しさだったんだろうと今になっては思うけど。


「お前の掴みどころのなさを垣間見た気がしたよ」

「一筋縄じゃいかなそーでしょ?むしろ高嶺の花的な感じでしょ?」

「いやお前、花っつーより団子だろ、ひのやの団子」

「随分お手頃な上に、手に入りやすいじゃねーか」


私の言葉に互いに吹き出して笑った。嗚呼、確かに居心地がいい。銀時との空間は。体温より少し高いくらいのぬるま湯に、冷えた足を突っ込んで酒でも飲んでるみたいな。ずっとこのままこうしていたいなんて思ってしまうような、何だか変な空間だ。


「お前がどんだけ重てェ荷物背負ってんのか、どんだけの傷かかえてんのか、お前らの傷の深さと、絆の強さは俺にゃ計り知れねェけど。…お前もこれからは自分の為に生きてみれば」

「…自分の為」

「そ、たまにゃ人にもたれて生きんのも悪くねェぞ、俺ァもたれまくって生きてるからな」

「偉そーに言うなよ」


そうは言われても、突然今日から自分の幸せを考えて生きるなど、無理に決まっている。それが月詠の望みであったとしても、人はそう簡単に変わることはできないのだから。


「別に今すぐに、とは言わねーよ。徐々にそうなって行きゃいーんだから」

「徐々に、ね」

「お前が俺の手ェとって歩けるよーになるまで、いなくなったりしねェから、安心しろよ」


銀時の言葉は、すんなり私の胸に飛び込んできた。それと同時に胸の中のつっかえが取れた気がした。


「…って何でお前の手とって歩かなきゃいけねーんだよ!何で限定してんだよ!私には選ぶ権利ねェのかよ!」

「え?なに、俺じゃダメなの?不満なの?」

「人の人生勝手に決めんな!腐れ天パ!」


そんな悪態を付いておきながら、私の顔はまた赤く染まっているみたいだ。顔が燃えるように熱い。そんな私の顔を見るなり、銀時は呆れたように柔らかく破顔した。


「これじゃ、素直になんのも時間かかりそーだな」

「な、何の話だ、バカ、帰れ!」


徐に銀時は私の頬をまたいつかのように撫で出した。火照った頬の熱を、冷たい銀時の指先が熱を逃がしてくれるように。その指を拒むことができないまま、私はそれを受け入れて、静かに目を閉じた。

私は今日をもって、ようやく普通の女のスタートラインに立てたような、何ともこそばゆいそんな気持ちで眠りについた。明日からはせめて少しでも月詠の望む形に近づけたらと。少しは自分の為に生きてみようかと、心の奥で決心して。




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