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夢を見た気がした。
と言っても、気がしたってだけで、もしかしたらこれが俗に言う走馬灯というものなのかも知れない。
自身の顔に傷をつけて、師匠の元へ弟子入りした日のこと。師匠が教えてくれることを取得していく楽しさや喜び。日に日に全てが上達する私、それに比例して師匠の顔からは笑顔が消えていった。私は焦っていた。もっと強くならなければと、師匠を満足させなければと。それが逆効果だったとはついぞ気付かなかった。
そして月詠と出会い、互いを高め合いながら高みを目指した日々のこと。師匠に手篭めにされたとしても、この身体を傷物にされたとしても、私は平気だった。月詠の見せる笑顔が、私の穢れ全てを浄化してくれたから。その笑顔を護るためなら、私は命を落とすことすら惜しくない。そう思っていたのに。
「なまえ」
暗闇の中、聞き慣れた私を名を呼ぶ声がして、淡い光が私の足元を照らす。死んでもいいなんて思っていたくせに、私はその声を、その光を目指して必死に駆け出した。体が引きちぎれそうなほど痛い。それでも足を止めることはできなかった。その光の先に、月詠と日輪や晴太がいてくれるなら、私は何度だってその光に向かって走る。そしてもしかしたらそこに、あいつもいてくれるかも知れない。銀時、私はお前にも、もう一度会いたい。
あと少し、もう少しで手が届く。
・・・・・・
「…ん」
「なまえ!!!」
ゆっくりと瞼を開けると、ぼんやりとした視界の中に、私の光が見えた。徐々にクリアになる視界に映ったその光は、涙を溢しながら私を覗き込んでいた。
「…月詠」
「なまえ!…よかった、…よかった。わっちはもうぬしは目を覚まさないかと…」
「お前が私のこと、呼ぶんだもん。…うるさくって目ェ覚めた」
ふっと笑ってみせると、困ったように笑う月詠は静かにその涙を拭った。「師匠は?」と問う私に月詠は静かに首を横に振った。…私は少し気まずさがあった。月詠を護るために、師匠に手篭めにされていたなど、そんな重たい荷を月詠に背負わせてしまっていたことに。視線が天井を泳ぐ。そんな私に気付いているのか、月詠は私の手をそっと握った。
「なまえ。わっちがぬしに何度謝ってもぬしが負った傷は癒えぬ。それほどのものをぬしに背負わせてしまっていた。わっちが弱かったばかりに。…本当にすまなかった」
「…別に謝ることじゃねーよ。私が好きで勝手にやったことだ」
「それでも、わっちはぬしに護られていたんじゃ、それに変わりはありんせん」
私の手を握る月詠の手にぎゅっと力が入った。…もう、こいつは本当に堅い女だ。だから、知られたくなかったのに。まぁこういう真面目さに惹かれたんだけどさ。私の頬は僅かに緩んだ。
「わっちは師匠が死んだとき、天に決めたことがあった」
「決めたこと?」
「わっちが月なら、ぬしは空じゃ。月や太陽を包み込む空。月はその空の広さには敵わぬ。全てを包み込むことはできぬ。…それなら空がより映えるように、月の光でその空を照らそうと。そう決めたんじゃ」
月詠のその言葉を聞いたとき、私の背の傷が疼いた。と同時に、私は安堵した。私のしたことは間違っていなかった。回りくどくって反吐が出そうになる時もあった。でも間違っていなかった。こんなにも真っ直ぐな瞳で、力強く私を見つめる彼女は、こんなにも立派になったのだから。背負わせてしまった荷と生きていくことを決めたのだから。…月詠、お前は本当に強くなった。
「ぬしは今まで身を呈してわっちを護ってくれた。今度はわっちがぬしを護る番じゃと。ぬしの幸せを、護る番なんじゃと天に決めたんじゃ」
「…そう、なるほどね。だからあんた、全蔵に関してはあんなにも甘々だったんだ」
月詠は肩を竦めて笑った。月詠の思う私の幸せとは、女の幸せということだったのか。私がいつまでもあの出来事に、過去に囚われないようにと、ずっと私の幸せを護ろうとしてくれていたんだね。そんなこと、全然気付かなかった。私もまだまだだなぁ。
「なまえ、ぬし、銀時に惚れておるんじゃろ」
「……へ?いや、え?待って、違っ、…はァ?!」
突然の言葉に明らさまに慌てる私に、月詠は声を上げて笑った。そんなことはない、違うと否定したいのに、顔が熱くなって声が出ず、首を大きく横に振ることしか出来きなかった。
「顔にそう書いてありんす。わっちが気付かないとでも思ったか?わっちを誰だと思っておるんじゃ」
「だって、月詠、あんたこそ、銀時のこと…」
「わっちにとったらあの男は…そうじゃな、戦友とでもいうか、仲間とでもいうか。…ぬしが思っておる気持ちとは違う」
月詠は、嘘をついている。私はすぐにそれに気付いた。それでもきっと、月詠は私に嘘だということはないだろう。こいつはそういうやつだ。私の為に、自身の気持ちを抑えるつもりなのだろう。そんなことをされても…
「ぬしの幸せがわっちにとっての幸せなんじゃ。ぬしが当時、わっちを護ることを選んだように、わっちもぬしを護る為に生きたいんじゃ。例え、ぬしがそれを望んでいなくとも」
私の胸がぎしりと音を立てた。暗に当時私が選んだ選択を、彼女は望んでいなかったと言っているように聞こえたから。私が自身を犠牲にすることを、彼女はきっと望んでいなかった。…それでも私は月詠を護る為に、その選択をしただろうと思った。それほど私にとって、月詠は大切な存在だったから。そして月詠も、きっと同じ気持ちを抱いているんだろう。…私を幸せを護りたいのだと。
「…そんなこと言われたら、私に残された選択は一つしかねーじゃん」
「素直になりなんし。あの服部とやらといたときよりも、銀時といるぬしは随分女らしい顔をしておるぞ」
「…なっ!」
そう嬉しそうに笑って、月詠は部屋を出て行った。月詠に一人残された私は、どうにか火照った顔の熱を冷ますように、大きくため息をついてを閉じた。
…私が銀時に、惚れてる…?
「いや、ないない。あんな天然パーマ、マジでない。…ないない。……え、ないよね?」
私は閉じた瞼の裏に映るあのだらしのない顔を思い出しては何度も首を振った。あんな甲斐性なさそーな、パンツにウンコ染みついてそーなあのアホヅラ男なんて、ないない。と同時にスパンと音を立てて、戸が開かれた。
「オイ!誰がウンコ染みついてそーなツラだ、ボケッッ!!!」
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