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「…何だと?」
私が声を上げるより先に、地雷亜が驚いたような声を上げた。私は月詠の言葉を理解できずに、涙を流す彼女を見つめた。
「…わっちは、その日ぬしらが話しているところをたまたま聞いてしまったんじゃ。その場で部屋に飛び込み、地雷亜、ぬしを殺めることが出来ていれば、なまえをそんな目に遭わせることもなかった。じゃが、当時のわっちにそんな力はなかった。ぬしを殺めるより先に、わっちらがやられていただろう。…なす術がなかった」
私は必死にそのことを隠してきた。月詠に知られまいと。適当な言い訳をつけて修行を躱し、月詠が寝静まったのを見計らい、地雷亜の部屋へと向かった。それを月詠は全て知っていたというのか。
「地雷亜、わっちが何故今まで鍛錬を怠らずにいたか、ぬしにはわかるか。わっちはその日からぬしを殺めることだけ考えてきた。わっちはぬしからなまえを護る為に、ぬしを殺める為に強くなったんじゃ!!!」
予想もしていなかった月詠の言葉に、私の瞳から一筋の涙がこぼれた。月詠は怒りで顔を赤く染めて、ギロリと地雷亜を睨みつける。と同時に、地雷亜は大きく笑い声を上げた。
「そうだ、月詠、いい表情だ。俺はお前のその顔を見たかったんだ!護られる女ではなく、何かを護る為に身を徹するお前を!月詠、お前は俺の見立て通りだった。護られていることを知りながら、あろうことか師を殺める為に己の魂と肉体を鍛えていたとは」
「…地雷亜、テメー…」
「だが、お前にはまだ足りぬ。お前がなまえを超える修羅になるには、まだ一枚、分厚い壁があることを忘れてやしないか」
「何じゃと」
「なまえ、月詠。お前たちは二人で一つの俺の作品なのだよ」
そこまでいうと、地雷亜は私を思い切り床に叩きつけた。腹這いになった私の背に乗り、思い切り私の着物をクナイで引き裂いた。私の背中が露わになったところで、月詠の驚いた声が聞こえた。地雷亜が月詠に何を見せているのか気付いた私は、唇を強く噛み締めた。
「月詠、見えるか?これは女を取り戻したなまえに、女を捨てたお前が負けた数だ」
「…こ、この外道が…ッ!!!」
私の背中には、クナイで彫られた夥しい数の正の字がある。地雷亜の指示で月詠と手合わせをして、月詠が負けるたびにこの傷を背に彫られ続けた。私は知っていた。これは月詠を負かす私への当てつけだったのだと。いつまでも、月詠を強くすることのできない私への苛立ちだったのだと。
「俺はお前たちの元を離れて、お前たちが共食いをする様を楽しみにしていた。それを見届けるのを待ちわびていたのだよ。だが、とんだ期待外れだったようだ。お前たちは互いを護り護られて、共に手を繋いで歩いている。俺の作品は腐り果ててしまった。俺がいなくなったことで、お前たちはこんなにも醜い魂になってしまった」
「…二人でいるから腐っちまうって言いてーのか」
「なまえ、その通りだ。やはりお前は察しがいい。殺してしまうのが惜しいくらいだ」
「…やめろ、地雷亜!殺すならわっちを…」
「なまえだけじゃない、この吉原全てを焼き尽くす。お前は仲間を失い、居場所を失い、さもすれば真の強さを、美しさを手に入れることができよう」
その瞬間、背後から熱気を感じた。吉原に火を放ったのだろう。私はどこか冷静に4年前吉原を襲った大火を思い出していた。あの日地雷亜が私たちを護るため、火の海へと飲み込まれ、死んでいった。私は心の底から安堵したのだ。ようやく解放されると。月詠と二人で生きていけることに、安心したのだ。だが、それもきっとこの男の思惑通りだったんだろう。自分の間抜けさにほとほと嫌気がさす。
「…やってらんねェよ、この変態ヤローが」
「…なまえ」
「俺はお前にそんな言葉を教えたつもりはないがな。俺への当てつけのつもりか?女を捨てたはずのお前を、女に戻してやった俺が、憎いのか」
「知ったことか、…テメーのことなんか眼中にもねェんだよ、クソヤロー」
悪態を吐く私に、地雷亜は何度も拳を振り落とした。その度に月詠の叫び声が聞こえる。あと少し、もう少しだけ、時間を稼げば。きっとこいつは糸を介して火を放ったのだろう。だとすれば、あいつらにも居場所がわかるはず。きっと、…あいつが来てくれるはず。
「やはりお前が月詠の妨げになっているようだな。お前が壁となっているから、月詠の脆弱な魂を捨てることができぬのだ。お前と、この吉原がなくなりさえすれば、月詠は俺の強さに近づくのだ」
「待て、地雷亜!!!」
「…悪く思うな、なまえよ。お前の死をもって、この作品は完成をする」
「やめろォォォ!!!!!」
大きく振り上げられた手には、クナイが握られていた。首元を掴まれたまま身動きの取れない私は、覚悟を決めて目を強く瞑った。…月詠、私は、…私は。
「…その薄汚ねェ手で、その女に触んじゃねェ」
その瞬間、私に跨る地雷亜から夥しい量の血が噴き出した。
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