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少しの沈黙の後、銀時は立ち上がり何やら冷蔵庫に向かって何かしているようだった。チラリと視線を移しまたすぐに背を向けた私は、どうにかこの胸の奥の違和感を拭い去ろうと深呼吸を繰り返した。
「ほら、足出せよ」
「…へ?」
気が付くとすぐ後ろで銀時の声がして、慌てて振り返ると、手には何かが入ったビニール袋が。
「足、冷やしといた方がいーだろ?」
「あ、あぁ。ありがと。てか自分でやるから、いいよ」
「こーゆうときくれェ人の好意は素直に受け取れよ」
銀時って意外と頑固なんだなぁ、なんて思いながら素直に起き上がり、履いていた網タイツを脱ぐと銀時はそのビニール袋を足首に当てた。あ、氷入れてくれてたんだ。…ふぅん、ふぅーん。
「…意外と、優しいのね、あんた」
「意外じゃねェよ、銀さんは半分以上優しさでてきてんの、バファ●ンより優しーの」
「ハイハイ」
「可愛くねーなァ」
呆れたように笑う銀時を私は黙って見つめることしかできずにいた。きっと誰にでもこういう男なんだろう。なるほどね、ウブな月詠が惚れるわけだわ。…なんて妙に納得してしまった。さほど付き合いもないこの吉原を救ってくれるなんて、ただのお人好しか、それかただのバカだ。よく言えば真っ直ぐな男。惹かれるのも、無理はないか。
「…何?なんかついてる?」
「あ、いや、何でもない」
「何かお前今日変じゃねェ?拾い食いでもした?」
「あーいや、ちょっと…その、考えることがあって、うん」
ぎくりとした私は、誤魔化すように笑って、すぐに顔を背けた。それなのに銀時は何故か引き下がってくれる気配がない。
「お前なァ、そんな悩むくれェなら、ちゃんと白黒ハッキリさせた方がいんじゃねーの」
「…えっ」
白黒、ハッキリさせる?それは月詠に対して?銀時のことを好きなのかと確認するべきと言うこと?それとも、私の胸の奥の違和感のこと?どちらを白黒ハッキリさせたところで、いいことはなさそうなのだが。
「ストーカーイボ痔忍者のことだろ?嫌なら嫌だって言ってやんのも、優しさってもんだろ」
「…全蔵のことか」
「え、違ェの?」
「ていうかストーカーイボ痔忍者って、すげーあだ名だねそれ」
少しだけ強張った心臓がまた緩やかなテンポで動き出す。何だか落ち着かない。銀時といるときはいつもそうだ。ペースを乱されて、自分が自分じゃないみたいな、変な感じ。月詠も同じことを感じているのかもなぁ。……ん?月詠と同じ?
「…っ!」
突然頬にひんやりとした何かが触れた。体がピクリと反応して、動けないまま視線を動かすと、寝そべる私の横に座る銀時が、私の頬を人差し指の裏でさすさすと撫でている。突然の出来事に私は硬直したまま、視線は銀時に釘付けされたように逸らせなくなってしまった。銀時は困ったような呆れたような、なんとも言えない微笑みを浮かべた。
「お前って何か、掴みどころのねェやつだよな」
何が、と言ったはずだった。それなのに、私の声は自身の耳には届かなかった。声が出るはずの口を何かで塞がれたから。…いや、正確には、銀時に唇を奪われたから。思考が停止した私は、大きく目を見開いたままそれを素直に受け入れてしまった。何てことない、ただのキス。たった一瞬のキスなのに、私の時は本当に止まってしまったように感じた。
「…じゃーな、安静にしてねーとまたどやされんぞ」
私の唇から離れた銀時はポンと頭をはたいて、立ち上がる。玄関で振り返り手を挙げた銀時に、私もつられてひらりと手を振り返した。それを見て満足気な笑みを浮かべて、彼は夜明けの近い吉原の街に消えていった。
「…は?」
私は寝そべりながら、天井に向かってそんな声を出した。その瞬間先ほどまで銀時が触れていた唇から一気に熱を感じて、自分のされたことを実感した。
「ちょ…え、え?待って、うん…って、えェェェェェェ?!!」
後から聞いた話だが、私の悲鳴にも似たこの叫び声は、4軒先まで響き渡っていたそうな。それくらい驚愕してしまうほどに、銀時の行動の意味を理解できなかったのだ。ちなみにここから私は意識がないので、多分寝てしまったんだろうと思う。私の心臓には毛でも生えているのかと疑いたくなる。
…鈍感なのは、私の方だったの?
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