Ichika -carré- | ナノ


▼ 3/3 side坂田銀時 最終話



こんな夜更けだというのに、遠くからではあるが長屋の外には人々の賑わう声がする。眠らない町、とはよく言ったもんだ。昼でも夜でもヤローが女を求めて町を練り歩く。かく言う俺も、同じクチ。一人の女を目当てに暇さえあればこの吉原に足を運んでいる。


「……ん、…」


俺の腕の中で丸くなるその女はその喧騒から逃げるように俺の胸に顔を埋めて、それが無意識だとわかっているから余計に頬が緩む。いつものように散々抱き散らかしてなまえに残る余力を全て奪い尽くした俺は、子供のように深い眠りにつくなまえの髪をさらさらと撫でる。


「お前、寝てる時はかわいーのにな」


そんな悪態をつけるのも、なまえが眠りについているから。普段のこいつにそんなことを言おうもんなら否応無しに拳が飛んでくるからね。ふんわりとシャンプーの香りが漂うなまえの頭に誘われるように顔を埋めた。

…何か、俺らホント色んなことがあったよなァ。
なんて柄にもなくそんなことを思い、絶えず指でなまえの髪を梳きながら大して昔のことでもないというのに、まるで昔のことを思い出すように瞼を閉じた。


散々喧嘩もした。生意気さに腹が立ってマジでブン殴ってやりたくなることもあった。互いの気持ちがわかんねェで別れたこともあった。それでもなまえと出会ってから共に過ごす毎日は本当に楽しかった。飽きもせずにひのやで団子食ったり、ファミレス行ったり、海に旅行、ひょんな事件に巻き込まれ性別が入れ替わったり、そんときにゃ宇宙にも行った。俺がバカ忍者と入れ替わったときゃ俺を裏切りたくねェって子供みてーに泣きじゃくってたなァ。

どれもこれも他の奴らからすりゃ、何ら大したことのない思い出たちかもしれねェ。…それでも、俺にとってそんな日々は。



「……ん、それ私の団子だから…」

「ん!?」

「…返せ、この団子は全部私のだから…」

「……。夢ん中でも団子かよ、つーか一本くらいくれたっていーだろーが」


夢の中で食い意地を張るなまえの寝言にふっと笑みがこぼれた。ぎゅっとなまえの頭を押さえて自身の胸にいっぱいに押し付ければくぐもった声でんー、と唸ってみせる。


「………好きだよ、…銀時」


ん?起きた?なんて思わずなまえの顔を覗き込めば、気持ちよさそうに眉を下げた寝顔に俺は胸が締め付けられた。普段は抱いてるときくれーしか言ってくんねェ言葉をまさか寝てる時に聞けるとは思わなかった。嬉しさを堪えきれずに、はあっとため息をついて紛らわした。

なァ、なまえ。お前は俺に出会って変わっちまったらしいけど、それは俺も同じだよ。何が悲しくってお前みてェな女に翻弄されなきゃなんねェんだ。きっと世の中探せやお前なんかよりいい女腐る程いるってのに、何でか知らねーけど俺はお前じゃなきゃダメなんだ。初めてこんな気持ちになった。初めて誰にも渡したくねェって思った。こいつの幸せだけは護ってやるだけじゃなく、一緒にその幸せを築いていきてェって、そう思った。お前だけは、…なまえだけはこの手で幸せにしてやりてーんだ。

一見強かに見えて凛としたその花は、蓋を開ければボロボロで今にも枯れ落ちてしまいそうで。そのくせ周りのやつらに自身のもう少しも残ってねェ栄養を必死に送り続けて、自分が枯れたとしても他の花が咲けるならと己を省みない不器用さが危なっかしくて、見てらんなくて。…だけど、もうその必要はねェ。見てみろよ、お前の周りにゃ綺麗な花たちが咲き誇ってんだろ。どれもこれも、全部お前のおかげなんだよ。お前がずっとこの吉原を護ってきたから今があるんだ。

…だからこれからは俺らがその役目を担う番だ。
何よりも大切なこの花を、決して枯らさないようにと。



「……ぎん、とき…?」

「ん、起きちゃったの」

「…なんか変な夢見た、銀時に団子取られそーになる夢」

「……」

「よかった、…夢か」


ゴシゴシと目をこすりながら、上半身を起こして俺を見下ろすなまえはまだ半分夢の中のようにぼんやりと瞼が瞳にかかっている。徐にその顔に手を伸ばせば、なまえはトロンとした表情をしたまま俺の手のひらに顔を寄せ頬張りをした。


「…なに…?」

「なまえ、」

「…んー?」

「愛してるよ」


俺の言葉になまえはトロンとした寝ぼけ眼だった表情を少しだけ驚いたように眉を上げれば、すぐに嬉しそうに柔らかく笑った。…あー、もう、何なんだ。こいつの笑顔は、本当に。


「私も愛してるよ、…銀時」


なまえの笑顔があまりに眩しくて、悔しいほど愛おしくて。俺はその幸せを噛み締めながら静かに目を閉じた。





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