Ichika -carré- | ナノ


▼ 2/2



引かれるがまま結局繋がれた手を離す理由もなく屯所を離れ自宅へと向かう私たちを道行くものたちが次々に声をかけてくる。それは常連の太客だったり。


「死神太夫、見せつけてくれるじゃあねぇか」

「市川の旦那、次料金サービスしてやるからその口閉じてくれる?さもなくば出禁にしてやる」

「おー怖い怖い!」

こちらはよく知った売れっ子遊女だったり。

「あら〜、なまえったらいい男連れて歩いてるじゃないの!」

「お雪さん、こいつは金になんねーからお世辞はいいよ」

「何お姉さんお雪さんてーの?今度俺とも遊んでくんない?」

「やめとけ銀時、お雪さんは日輪に次ぐ高嶺の花なんだから」

「あら嫌ねぇ、なまえ。救世主さんともあれば、一晩ぐらいサービスしてもいいわよ」

「マジでか!?」


鼻の下を全開に伸ばす銀時を小突きながら次々に私たちに声をかけてくる人たちを適当にあしらい、長屋までの道を並んで歩いた。確かに全蔵と付き合っていたときだってここまでおおっぴらに関係を見せつけることはなかった。当時の吉原は鳳仙の支配下にあったし、何より全蔵は関係をわざわざ人に見せびらかすようなことを好まなかったから。それに引き換えこの男はこれでもかと私との関係を人々に知らしめたがっている。悪い虫を寄せ付けないためなのか、何なのかは本人にしかわからないことだけど。


「お前ってほんとこの町のやつらに好かれてんのな」

「まーね。伊達に自警団やってるわけじゃないし、あんたみたいに仕事はサボらずやることやって遊んでるから」

「よく言うよ」


片眉を上げて肩を竦める私にけっと悪態をつく銀時の手のひらが少しだけ緩んだ気がした。理由はすぐにわかった。もうその角を曲がればすぐに私の長屋に辿り着く。…そうだった。今日は“家まで送ってくれる”約束だったのだから。どちらからともなく重たくなる足取りにもどかしさを感じながらその角を曲がった。長屋の前に着くなり、銀時が立ち止まってまた手の力を少しだけ緩めた。


「…じゃ、….ちゃんと送ったから」

「……うん」

「…そんな遅くねェけど、…早く寝ろよ、疲れてんだろ」

「…お前こそ」


言いたい言葉を飲み込みながら、銀時の様子を伺う私の本心に、きっと銀時は気づいている。銀時を見上げながら一向に手を離さない私に銀時は少しだけ目尻を下げた。


「なんだよ」

「…」

「なまえ」


「…帰るの?」


ようやく絞り出した言葉に、銀時はやはり驚く様子もなく少しだけ視線を泳がせた。その反応に私は少しだけ心臓の奥が軋み出す。一瞬伏せた瞳に気付いたのか、銀時が慌てて繕い出した。


「…ちげーって、お前が思ってるような理由じゃねェよ。汚くなんかねェって言ったろ、…信じろよ、そうじゃなくて…」

「…いや、ごめん。銀時も疲れてるんだったね。引き止めてごめん、帰ろ」


パッと繋がれていた手を離して、くるっと踵を返した私は自分で何を言っているのかと後頭部を掻きむしった。長屋に向かおうとする私を待てよ、と後ろから銀時が私の手を引いた。突然のことによろめいた私はおもむろに後ろから抱きすくめられて、心臓が跳ね上がる。目頭にこみ上げ出す熱い何かに気付きたくなくて、私はぎゅっと目を閉じた。


「…このままお前んち行ったら、お前のこと壊しちまいそうなんだよ。自分の気持ち制御できる気がしねェの…」


耳元で何かを我慢するような心底苦しそうな銀時の声。心臓が爆発しそうなほどの鼓動が銀時に伝わっていないかと気が気じゃない。後ろから私を抱く銀時の腕をぎゅっと掴めば、目尻からはらはらと涙が溢れ出した。


「……壊してよ、…銀時。…お前になら壊されたっていい…」


抱きすくめる腕が解かれた次の瞬間、勢いよく私の腕を掴んで否応無しに長屋に向かう銀時に、私はとめどなく溢れる涙を拭うこともできなかった。戸を引いて長屋に私を押し入れれば、玄関の壁に私を押し付けて、両手で私の顔を押さえつけた。私を見下ろす銀時の瞳には少しも余裕など感じられない。


「…知らねェからな、ホントに壊しちまっても…」


…こんなこと、今まで思ったことなかった。心だけじゃ飽き足らずこんなにも誰かの全てを求めることなんて、ただの一度もなかった。銀時だから、そう思えるんだよ。銀時の言葉に私は静かに頷いた。



prev / next
bookmark

[ back to main ]
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -